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ハワイとは?/ レイク

[ 1256] ハワイ州 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AF%E3%82%A4%E5%B7%9E

ハワイはこの項目へ転送されています。その他の用法についてはハワイ (曖昧さ回避)をご覧ください。
ハワイ島、マウイ島、オアフ島、カウアイ島など主要な8つの島(うちニイハウ島は個人所有)と100以上の小島からなる諸島が丸ごとハワイ州に属している。州都はオアフ島のホノルル市。
ハワイ諸島へ人類が移民してきたのは、4世紀から8世紀頃(史料が乏しくはっきりわかってはいない)で、南方のテ・ヘヌア・エナナ(マルケサス諸島)からと考えられている。この際に使用されたと考えられているのが、双胴の航海カヌーと、スター・ナヴィゲーション、ウィンド・コンパスなどと呼ばれる、リモート・オセアニア海域で広く用いられた航法技術である。ちなみにハワイへの移民がテ・ヘヌア・エナナから行われたとの説はビショップ博物館所属の日本人研究者、篠遠喜彦博士の釣り針編年研究が基礎となっている。
1795年 カメハメハ1世(大王)が白人たちが持ち込んだ銃器を利用し、3つの王国が分立していたハワイ諸島を統一、ハワイ王国を建国する。
1820年 多くの宣教師がアメリカから移住し、キリスト教文化がハワイに定着していく。また、アメリカ人によるプランテーション農場のための土地の収奪がはじまる。
現在もハワイの女性の正装であるムームーは、上半身裸が普通であった往時のハワイの女性が、キリスト教的に"淫ら"だとして、宣教師が普及させたものと言われている。
先立つこと13年、1868年(明治元年)には「元年者」と呼ばれる日本人移民がハワイに移住していたが、元々徳川幕府と移民ブローカーとの協定で募集された移民だったため、発足直後の明治新政府から認められておらず、移民達はパスポートすら持っていない、いわば非合法状態であった。
なおこの時、西欧諸国の政治的経済的侵略に危機感を感じていた王は、カイウラニ王女と山階宮(後の東伏見宮依仁親王)との政略結婚によるハワイ王朝と天皇家との間の関係強化を画策したが、こちらはアメリカとの関係悪化を懸念する日本政府から丁重に断られた。
1893年 アメリカ人農場主らが海兵隊の支援を得てクーデターを起こし、王政を打倒して臨時政府を樹立。この時、日本は邦人保護を理由に軍艦2隻をハワイに派遣し、ホノルル軍港に停泊させてクーデター勢力を威嚇した。臨時政府はアメリカに併合を求めるが、就任直後のクリーブランド大統領はこれを渋る。
1894年7月4日 アメリカによる併合に時間が掛かると判断した臨時政府は、新憲法を発布しハワイ共和国を宣言した。大統領はサンフォード・ドール。
1895年1月16日 ハワイ人王政派が武装蜂起したが短期間で鎮圧される。この武装蜂起を支援したとしてリリウオカラニ女王が逮捕・幽閉される。
以後ハワイはアメリカの太平洋支配の拠点となり、オアフ島のパールハーバー(真珠湾)に大海軍基地が建設された(現在もアメリカ海軍太平洋艦隊の基地がある)。
ハワイの日系人は、日本人会会長や僧侶など、日本人社会を代表する一部の人々を除き収容所に収容されなかった。これは当時、ハワイが正式な州でなかったこと、アメリカ本土から離れていること、そして何より、当時の人口の4割程度を占める日系人を強制収容すれば、ハワイの社会や経済活動が崩壊しかねないという事実が影響したようである。
ハワイで生まれ育ち、合衆国の市民権を持つ日系の若者の多くは、自ら進んで志願兵となることで祖国に対する忠誠心を示そうとした。彼らハワイの日系人だけで組織された陸軍第100大隊は、後に本土の日系人部隊と合流し442連隊となり、欧州戦線において多くの犠牲と引き換えに目覚ましい戦果を上げた。彼らの献身的で勇敢な戦いはすべてのアメリカ人に深い感銘を与え、ハワイのみならず戦後の米国社会における日系人の地位向上に大きく貢献した。
ハワイ州は四周を海によって囲まれている唯一のアメリカ合衆国の州である。アメリカ合衆国の最南端部に位置しているのに加え、ハワイ州は熱帯地方に位置している。ハワイ州はアラスカ州とならび、アメリカ合衆国本土以外に位置する2つの州のうちの1つであり、北米大陸上に位置しない唯一の州である。また、50州をアメリカ合衆国の国土の定義とした場合、ハワイ州はアメリカ合衆国の最南端部である(本土のみで考えた場合、フロリダ州en:Ballast_Key)。
ハワイ諸島の島々は、海底火山によってつくられた。現在ハワイ島がある地点には、ホットスポットと呼ばれる火山活動の一つが太古から存在する。これはマントルの活動の結果として太平洋プレートよりも深い地中の一定の場所に存在し続け、直上の海底に向けて噴火活動を繰り返している。太平洋プレートは太平洋の中央海嶺である東太平洋海膨から日本列島・千島列島の方へ向けて移動し続けているため、太平洋プレート上(=海上)から見ると「かつてホットスポットの直上に出来たが、太平洋プレートの移動に連れて位置がずれて活動が停止した火山島」が北西へ向けて列をなしているのがわかる。北西に移動するにつれ、海底に沈みこみハワイ海山群及び天皇海山群となり、カムチャツカ半島の根元に至る。その海山と島の列の、最も新しい島々が、ハワイ諸島である。
アジア系の住民のなかでも特に日系人が多く、出身国(民族)別では最多である。その影響もあってか、他の49州と異なり、仏教徒の比率が高く、寺院や神社も州内各所に点在する。また、オアフ島北東地域には、人口は少ないがモルモン教信者のコミュニティも存在する。
最初の日系移民は1885年2月9日にハワイに到着した。現在日系人は1世から5世までいるといわれている。3世以降の日系人の殆どは日本語が話せないが、単語のみを知っていることが多い。
また、ハワイは日本人にとって人気の観光地であり、旅行会社などハワイ在住の日本人駐在員も多く、その数は約2万人と言われている(実際はもっといると思われる)。日本にとって馴染み深い州であり、ワイキキ周辺では日本語もかなり通じる。一般的にアメリカ国内の公的な場所での表記は英語、ついでスペイン語であるが、ワイキキ周辺では英語についで日本語となっている。ワイキキ周辺では、日系人以外でも日本語を理解できるものが多い。しかし聞き取りはできても話せないか、話せても(上手ではないから)使いたがらないという者も多い。
ネイバー・アイランドと呼ばれる、オアフ以外の島では、都市部の日系人コミュニティを除き、日本語は殆ど通じないと考えた方が良い。
ちなみに、あるハワイの伝統的な私立学校(カメハメハ・スクールズ)は、先住ハワイアンの血を引く者のみしか入学できないというのが条件である。ただしこの入学規定は2005年9月の連邦巡回控訴裁判所において違法との判決を受け、現在も係争中である。この判決には先住ハワイアンのみならずハワイ社会全体から広範な反発が起きている。
この背景として、カメハメハ・スクールズはカメハメハ1世の直系の子孫であるバーニス・パウアヒ・ビショップが、遺言によって設立した私立学校であり、公的な助成金を一切受けておらず、また彼女の遺言によって先住ハワイアンの教育を旨とすべきことが示されているという歴史がある。
カメハメハ・スクールズは2006年11月には上級審で逆転勝訴したが、敗訴した白人少年側は「カメハメハ・スクールズが入学を許可しなかったことで生じた学習の遅れに対する損害賠償」を求めて反訴する意志を示していると伝えられる。
ポリネシア人である彼らが伝統的に用いた言語がオーストロネシア語族に属するハワイ語である。英語とともに公用語であるが、母語とする話者は少ない。
住民構成は、アジア系住民が多い州である。内訳は、日系約20万人、フィリピン系約17万人などとなっている。そのため、州議会にもその住民構成は反映され、日系移民も多く活躍している。
法律面では、州法で人種差別を禁止しており、アメリカの中でもアジア系を含めた非白人系の移民が多いことが窺い知れる。また、自然保護に関する法律は多いが、それを現実のものとするための資金が不足しているのも事実である。以前よりカジノ構想が議会で持ち上がり、資金不足の解消を試みるが、何度も可決されずに終わっている。現在の州法では一切のギャンブルが禁止されており、宝くじも販売されていない。そのためか、ハワイ州民の観光旅行先としてラスベガスは常に一番人気である。
マウイ郡 - マウイ島、ラナイ島、カホオラウェ島各島全体、及びカラワオ郡を除くモロカイ島(同島の大部分)
現在アメリカ合衆国の版図となっている地域では唯一、西洋人にも認知された王朝が成立していたこと、また現在の50州の中で最後に立州されたことという歴史的背景もあり、連邦政府が定める祝日(アメリカ合衆国祝日の項目参照)とは別に、下記の祝日が州独自に定められている。
なお、アドミッション・デーが祝日とされる代わりに、連邦の祝日であるコロンブス・デー(10月第2月曜)を、ハワイ州政府では祝日とみなしていない。
かつてハワイ州の経済は「ビッグ・ファイブ」(Big Five)と呼ばれる、以下に挙げる大手砂糖会社を筆頭とする複合企業群によって支えられていた。これらの企業群は20世紀初頭に台頭し、1960年代に至るまでハワイ州の政治・経済を牛耳ってきた。しかし、1970年代に入り砂糖のプランテーションが次々に閉鎖されると、これらビッグ・ファイブの傘下にあった企業は他州の企業に買収・合併されていった。
軍需、観光、農業が3本柱であるが、農業についてはかつての隆盛からすると寂れたと言って過言ではない。但し、パイナップル生産については、かつてラナイ島単独で全米の生産量の90%、全世界生産量の75%を産出していたほどであり、ハワイ島のコナコーヒー(全米50州唯一のコーヒー産地)と並ぶ代表的産物である。
離島であり、工業製品のほとんど、また燃料の全てを米本土からの輸入に頼る経済構造になっているため、平均物価は州単位では全米一高く、全米平均のおよそ1.5倍に相当する(2位はニュージャージー州の1.25倍)が、その一方で、平均年収は全米平均とほぼ同程度であるため、可処分所得は全米平均以下と言える。
ハワイ東海インターナショナルカレッジ - 東海大学の海外教育機関の一つ。米国西地区学校・大学協会の認可(アクレディテーション)を受けた短期大学。坂口憲二がかつて在籍。
20世紀に創始された土着音楽として、ハワイアンがある。この音楽はカントリーから取り入れられたスティールギターや、西洋の機能和声など、本来のハワイの伝統音楽とは殆ど無関係であるが、現在ではハワイを代表する芸能の一つとして広く愛好されている。
古代から継承された芸能としてフラがある。多神教だった古代のハワイ人が祭祀として、またハワイアンは文字を持たないため、歴史の口頭伝承の一環として行っていた歌と踊りである。古代の形式に近いフラ・カヒコ(古典フラ)と、ハワイアン等の現代のポップ音楽を大幅に取り入れたフラ・アウアナ(現代フラ)に分けられる。フラ・アウアナはウクレレなどの演奏にあわせて踊られるが、フラ・カヒコにおいては歌あるいは太鼓などの打楽器のみを用いる。毎年4月には、ハワイ島のヒロで、「フラのオリンピック」とも呼ばれる競技会、メリー・モナーク・フェスティバル(Merry Monarch Festival)が行われる。
ウクレレについては、19世紀にポルトガル移民が持ち込んだ楽器が原型と言われている。それにちなんでポルトガル人がハワイの移民局に移民登録を行った1879年8月23日にちなみ8月23日をウクレレの日と定めている。名前のウクとはノミ、レレとは跳ねるの意味である。
アロハシャツの由来については諸説あるが、日系人が持ち込んだ和服の布地を転用したのが由来という説も有力である。なお、ハワイではアロハシャツは男性の正装とみなされ、州議会や公式の場でもアロハシャツ着用という姿をしばしば目にし、オフィス街であってもスーツ姿はさほど多くはない。ちなみに観光ガイドによれば、ハワイ内においてある程度格式あるレストランでも、アロハシャツ着用であれば正装として認められることが記されている(これは軽薄な観光客が、Tシャツに短パン姿といったラフな服装でもって、フォーマルな場所であるレストランで食事をすることを戒めた内容でもある)。
食文化については、白人以外の移民も極めて多い州らしく、各国からの移民が持ち込んだ多様な食文化が見られる。大皿に様々なオカズを並べて食べるミックスプレート(プレートランチ)は、プランテーション農業時代に、各地の移民が持ち寄った食べ物をみなで分け合った名残である。
サーフィンはハワイが発祥の地とされており、古くはデューク・カハナモク、近年ではアンディ・アイアンズなどの名サーファーを輩出している。
1980年代以降、リモート・オセアニア海域各地で盛んになった航海カヌー文化復興運動でも主導的な役割を果たした。特に1975年に建造された航海カヌー「ホクレア」と、航法器具を一切使用しない推測航法技術を復活させたナイノア・トンプソンの活躍は広く知られている。
州歌は『ハワイ・ポノイ』。他に『ハワイ・アロハ』も広く愛されており、1976年に行われたホクレア号の最初のタヒチ航海では、出航の儀式でこの歌が歌われた。
古代ハワイアンの医療として発達、現代のリラクゼーションとしてアンティ・マーガレットがはじめて世に紹介したロミロミは世界的にも有名。
なおメジャースポーツではないが、NFLのオフシーズンに行われるアリーナ・フットボール(サッカーにおけるフットサルのような競技)のプロチーム、ハワイ・アイランダーズがある。
大学スポーツ界では、州内ではハワイ大学が最有力であり、全米ランク2位になった事のあるバレーボールチームや、全米ベスト25に入ったことのあるアメリカン・フットボールチームが有名である。
また以前、オアフ島北東部にあるブリガム・ヤング大学ハワイ校には、2004年に日本人として初めてNBAでプレーした田臥勇太が在籍していた。
かつては日本のプロ野球チームのキャンプ地になる事も多かったが、現在州内でキャンプを行うチームはない。 これに代わり、2005年には、JリーグJ2のザスパ草津と横浜FCがキャンプを行った。
公共交通機関は、オアフ島ほぼ全域をカバーするThe Busがあるほか、本数は少ないが、マウイ島、ハワイ島、カウアイ島の一部にコミュニティバス路線が存在している。
鉄道はオアフ島の非営利団体・ハワイ鉄道協会の運行する鉄道(エヴァ〜カヘ・ポイント)やマウイ島のさとうきび列車(Sugarcane Train)など、観光用にわずかに残されているのみで、公共交通機関としての用はなしていない。オアフ島の西部が新興住宅地として急速に発展してきているのに対して、州間高速道路やバスのみでは慢性的な渋滞を引き起こしていることから、以前からモノレールを敷設する計画はあるものの、資金等の問題があり実現の目処は立っていないのが現状である。
各島間の交通は、現時点では飛行機のみであるが、2007年より、カウアイ島、オアフ島、マウイ島、ハワイ島の4島間を結ぶハワイ・スーパーフェリーが就航予定となっている。ただし、モロカイ島には通勤専用のフェリーが運行していた(現在もか?)。
州の魚 - フムフム・ヌクヌク・アプアア(過去公認され、一旦非公認となっていたが、2006年再度州の魚として公認された)
デューク・カハナモク - サーファー、水泳選手。オリンピック水泳競技で驚異的な強さを誇った他、サーフィンの大衆化に大きく貢献した。
アンディ・アイアンズ - プロ・サーファー。カウアイ島出身。WCTと呼ばれるサーフィンの世界選手権で、2000年代に圧倒的な強さを誇る。弟のブルース・アイアンズも優秀なプロ・サーファーとして知られる。
パッツィ・タケモト・ミンク - 故人。日系人としてのみならず有色人種の女性で初めてアメリカ国会議員になった。
ナイノア・トンプソン - 先住ハワイ人の社会活動家、政治家。ポリネシアから失われていた推測航法を再興したことでも知られる。

 

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