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呼ばとは?/ レイク

[ 1501] “差別用語”と呼ばないで
[引用サイト]  http://kan-chan.stbbs.net/word/pc/main.html

かつて「○○は差別用語だ、理由は△△という語源に基づくから」と言われた説の多くが誤りであることが、近年だんだん明らかになりつつある。
しかし、かつてその間違いを一生懸命になって唱えていた人にとって、それを暴露されるのは、どうやら気にくわないらしい。「確かに差別的な語源ではないが」と認めたふりをして見せて、「語源はどうあれ今は差別用語」と開き直る。「差別用語という見解はもう広まってしまったから使わない方がいい」「誤解でも人を傷つけることがある」などと、その誤解を広めたのが誰なのかを棚に上げたまま、厚かましくも、その誤解を正すどころかさらに広めていく。
気を付けよう。こんな「マッチポンプ」的、「後出しじゃんけん」的な屁理屈に騙されてはならない。ある言葉が差別発言かどうかは、彼らが勝手に「その言葉は差別用語」と言い出したかどうかで決まるのではない。文脈で決まるのだ。
「はなごよみ」ウェブサイトにくださる感想のうち、最近いちばん多いのが、ここ「“差別用語”と呼ばないで」に対するものです。いただいたメールには全部目を通していますが、時間の都合で全てのメールに返信することもできず、またウェブサイトもあまり更新しない状態が続いており、心苦しい思いです。この場を借りて、ご意見ご感想をお寄せ下さった皆さんに感謝いたします。
この問題について語るのは、いったん手を付けるにも、どこから手を付けようか手探りが続く状態だ。掲載後も推敲は続く。
日本の差別表現問題の実態を、わかりやすいように、例え話で紹介。結局、文脈を無視して「特定の用語」を使っているか否かで機械的に判断するという、幼稚な判断が多いもの。しかし“差別用語”扱いの語を使わない差別的発言もあれば、それを使った非差別的発言もあるのです。
時事ネタとして急遽執筆。 ただ、これは日本人が使い始めた説の他にも、在日朝鮮人が使い始めた説があるらしく、現在調査中。
朝鮮人をあざける「チョン」はもちろんタブーだけれど…… しかし「チョンガー」「チョンボ」などは語源が違うことを御存知でしたか?
「くろんぼ」は使い方によっては愛称とも蔑称ともなり、そして日本人にさえ使われるのです。 加えて、「ちびくろサンボ」差別図書論への反論も掲載。
「片手」+「落ち」ではなく、「片」+「手落ち」であり、「手」とは「仕事」を指しています。 元々差別用語でなく正当な糾弾理由がないため、「でも片手のない人は傷つくかもしれないでしょう?」という屁理屈でタブー化されている言葉です。 この言葉を禁止するくらいなら、その前に「これはうまい手だ」という慣用句こそ、人喰い人種を連想させるとして禁止しましょう。
かつて、「馬鹿」という言葉と同じくらい、湯水のように使われていたこの言葉。しかし「きちがい」は消え「馬鹿」は残ったのです。そもそも、きちがいとは元々、精神病・精神分裂症専用の用語ではありません。別に精神病患者でなくとも、平常心を失って奇妙な行動をすることを「きちがい」と呼ぶことがあるのです。対象範囲を勝手に狭めないでください。
大正十五(1926)年に発行された、いわゆる被差別部落問題を扱った資料。見せかけだけの差別解消で終わる事なく、真に差別を無くすにはどうすればよいのかについての問いを投げかけています。[New!]略字略かなテキスト版を第三章まで作成しました。
なるほどと思えるものから、全く馬鹿げた言い換えまであるものです。なお、この資料は古いものと思われます。現在は、この用語集で注意されている言葉であっても、マスコミで再び使われている用語も出ています。
ATOKでは「本日開店のカフェ」はすぐ変換できても、「不具者やらい病人を癒したキリスト」は変換できません。ナンセンスな“差別用語”自主規制で登録されてない語彙があるからです。この辞書の登録により、それらの語彙を補完し、正しく変換できるようになります。

 

[ 1502] いまの子が女性を「オバちゃん」と呼ばない理由 | エキサイトニュース
[引用サイト]  http://www.excite.co.jp/News/bit/00091195484958.html

いつも「オバちゃん」が多い、巣鴨の商店街。ちなみに、私は小学生の姪・甥に「おば」と呼ばれてますが、小さな頃、彼らは私の本名を「おば・おばばん」だと思っていたことがあります。
小1のムスメがいて、しかも、34歳。自分がムスメと同じくらいの頃には、きっとみんな自分のことを「オバちゃん」と呼んだろう。事実、りっぱなオバちゃんである。でも、いまどきの子は決して「オバちゃん」と言わない。これは自分に限った話でなく、周囲の友人や、田舎の友達、姉などに聞いても、みんな「オバちゃん」とは呼ばれたことがないと言う。個人的には、子どもの頃、自分の母親を「たこちゃんのオバちゃん」と呼ばれるのがイヤで、自分では友達のお母さんのことをあえて「○○ちゃんのお母さん」と呼ぶようにしていたが、それでも周囲の「○○ちゃんのオバちゃん」呼ばわりは変わらなかった。それで、「○○ちゃんのオバちゃんっていうと、お母さんじゃなくて、その子の親せきのおばさんのこと指してるみたいだよね?」などと、ささやかな抵抗を示したものだが、結果的には、努力むなしく、「○○ちゃんちのおばちゃん」と、「ち」が入り、マイナーチェンジされただけ。なるほど、これなら文法的にも間違いではないんだろうな、と、諦めの境地に至ったのを覚えている。でも、いまの子たちは、天然に、こんなくだらない葛藤をしてるもんなんだろうか。もしかしたら、地域によっては二人称としての「オバちゃん」呼ばわりが、まだ健在のところもあるかもしれないが、自分から「ほら、おばちゃんに貸してみ」とか言っても、「ありがとう、おばちゃん」とは返さないのが、いまの子たちのスタンダードのように思う。これはなぜなのか。子どもを持つ女性たちに聞いてみると……。「いまの母親はみんな若いかっこうしてるからじゃない?」(20代女性)といった意見もあったが、大多数は、以下のような意見だった。「失礼があるといけないから、自分の子には、何歳くらいに見えるかは関係なく、女の人のことは基本的にみんな『おねえさん』と言わせるようにしてる」(30代)「自分が“オバちゃん”って呼ばれるのイヤでしょ? だから、自分のこどもに話すとき、自分より明らかにずっと年上でも、『ほら、あのおねえさんに聞いてみなさい』とか言うようにしてる」(30代女性)「失礼がないように」「自分が言われたくない」など、理由はそれぞれだが、「オバちゃん呼ばわり」を母親の教育によって、封印してるってこと?「なんてよくできた子たちなんだろう」という思いとともに、だとしたら、子どもがみんな「プチ・みのもんた」状態に!? という不安も出てくるけど……。いまの母親世代の特徴なのだろうかと、ある幼児施設の先生に聞いてみると、「いまの母親は、『ママ友』があったり、母親同士のつきあい、社会がけっこうあるから、お互いの名字でなく『○○ちゃん(くん)ママ』みたいな呼び方をすることが多いですよね? 子どもはそれをマネするからでは?」とのこと。母親同士の関係が変わってきていることもあるのか。だが、ある小学校の教諭は言う。「子どもたちは、女の人には年齢にかかわらず、『おねえさん』『○○ちゃんのママ(お母さん)』という呼び方をするのに、男の人に対しては、若い人に対してもけっこう平気で『おじさん』と言うこと、多いですね。これは、子どもの気遣いというより、女の人は化粧や服装、髪型でわからないけど、男性はスーツなど着てるとみんな『おじさん』に見えるということでは?」確かに、うちのムスメも、私の女友達はみんな「おねえさん」だけど、私より明らかにずっと若い作業着の男性などを見ると「おじさん」と言う。母親による教えや、母親同士の関係性、さらに「記号」的要素もあって、二人称としての「オバちゃん」はずいぶん減ってきているのかもしれません。(田幸和歌子)
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