プリンスホテルとは?/ レイク
[ 1177] プリンスホテル - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%9B%E3%83%86%E3%83%AB
|
プリンスホテル事業は、鉄道事業を主力事業に据えていた西武鉄道が鉄道経営とのシナジー効果、国土計画が主導して計画・立案してしたレジャー事業の一環として著名な観光地への進出、スキー場などレジャー施設の付帯施設として勢力を日本各地へ伸ばして一大ホテル・レジャー事業を運営する企業へ成長した。ホテルブランドとしてのプリンスホテルは、もともとはすべてを株式会社プリンスホテルが所有・経営していたわけではなく、西武鉄道株式会社や株式会社コクドなど複数の会社が別々に経営を行っており、統一的な戦略はなかった。現在でも、川越プリンスホテルと新宿プリンスホテルは西武鉄道が、大津プリンスホテルと彦根プリンスホテルは近江鉄道が経営している(彦根プリンスホテルは2008年3月1日付、売却予定) 事業拡大に合わせて資金調達に用いられた手法は、銀行などから巨額の融資を得て土地を取得後、ホテルやレジャー施設を建設して土地の付加価値を高め、値上がりした地価上昇分などてさらに融資を受けて新たな土地開発を進めることだった。マスメディアなどからは「借金経営」と呼ばれ日本の高度経済成長期に続いていた地価の上昇などがこの経営手法を可能にさせた。当時の経営基本は「土地は値上がりを待つ」「利益を押さえ節税する」だった。 日本経済がバブル景気にへ突入した1980年代からは地価上昇はさらに加速して、土地本位制経営[1]で融資を受けるビジネスモデルを活かした事業を拡大していたプリンスホテル事業は、さらに積極的なホテルチェーン事業の拡大を推し進めることになった。1990年代のバブル経済崩壊後は地価の価格上昇による事業計画は軌道修正されたが、2004年に堤義明がコクド会長を辞任して会社から去るまで平成不況期のプリンスホテル事業は基本的にリストラ・事業再編は実施されず、大型ホテルの建設(高輪プリンスホテル さくらタワー、東京プリンスホテルパークタワー)など事業の拡大を続けていた。その後西武グループが、西武ホールディングスの元で再編された際に、株式会社プリンスホテルのもとに統合された。 社名は、皇籍離脱後に財政難に陥った旧皇族から、安価で買い叩いた土地にホテルを開業した事に由来する(後述の千ヶ滝プリンスで命名されたのが起源)。 2006年7月、高輪地区と品川地区の競合解消のため、2名いた総支配人を1名にし、高輪地区を上位とする地区統合を行なった。 ザ・プリンス:プリンスホテルのフラッグシップ・ホテル。ザ・プリンス パークタワー東京(旧東京プリンスホテル パークタワー)、ザ・プリンス さくらタワー東京(旧高輪プリンスホテル さくらタワー)、ザ・プリンス箱根(旧箱根プリンスホテル)、ザ・プリンス軽井沢(旧軽井沢プリンスホテル南館) グランドプリンスホテル:グランドプリンスホテル赤坂(旧赤坂プリンスホテル)、グランドプリンスホテル高輪(旧高輪プリンスホテル)、グランドプリンスホテル新高輪(旧新高輪プリンスホテル)、グランドプリンスホテル京都(旧京都宝ヶ池プリンスホテル)、グランドプリンスホテル広島(旧広島プリンスホテル) 東京プリンスホテルと東京プリンスホテルパークタワー(芝ボウリングセンター跡地)は増上寺をはさんで大きく離れている。現在は、「ザ・プリンス パークタワー東京」となり、別のホテルという形式をとっている。 吉田茂元首相邸跡に隣接し、大磯ロングビーチと一体となった近郊型リゾートホテル。堤義明が大学の卒業論文として企画した案をもとに開業したもの。 大磯ロングビーチはかつてアイドルの水泳大会の収録が盛んに行われたことでも有名。また、毎年2月には自動車輸入協会主催の輸入車のプレス向け試乗会が行われる。 元々富士山麓で行われていた毎年夏の「フジ・ロック・フェスティバル」を資金力にものを言わせて招致している。 旧・軽井沢プリンスホテル。プリンスホテルの名の起源。今上天皇と皇后が最初にテニスをしたことで知られる隠れた名門。朝香宮の沓掛別邸跡に建てられたもので、買収した西武グループが天皇家の為に用意した。1964年からは一般市民の利用は出来なくなり、事実上皇室専用施設となっている。名前こそ「プリンスホテル」だが、現在、いわゆるホテルとしての登録はされていない。後に西武グループから非公式に「軽井沢御用邸」にとの計画が持ち上がったが、グループの経営悪化、民間からの献上は受けない定めが法律にある事、また申し出た堤義明の逮捕もあって立ち消えとなった。天皇皇后が90年8月に静養の為訪れたのを最後に、10年以上に渡って使用されていない。現在は年に一度のメンテナンスが行なわれているのみ。 長野オリンピックの会場の一つとして一部の環境保護団体の反対を押し切って一山のスキー場開発と一体で開業した。 宝ヶ池公園や京都国際会館に隣接。村野藤吾の設計。建設計画当時、周辺の景観への影響を懸念した市民団体などから反対運動が起こった。その影響からか、周囲にはホテル全体を包み込む様に植樹林が立ち並んでいる。 徳島プリンスホテル(2007年5月31日、西武グループとしての運営は終了、翌日より名称変更せずにホテルルートイン系列として運営) 日本たばこ産業 (JT) の工場跡地に建設されたため、同社の完全子会社「株式会社ジェイティ徳島プリンスホテル」が運営していたが、2004年にプリンスホテルに営業譲渡し、株式会社ジェイティ徳島プリンスホテルは清算されている。純然たる西武グループとしての運営はわずか3年だった。 プリンスホテル(コクド・西武鉄道・伊豆箱根鉄道の保有・運営施設を含む)は堤義明氏の意向などで進出した地方などで不採算の施設も多く、経営再建にあたり、約40箇所の施設を売却か閉鎖、またはその予定である。 青森県 - 鰺ケ沢プリンスホテル、鯵ケ沢スキー場、鯵ケ沢高原ゴルフ場、津軽高原ゴルフ場(以上シティグループに売却) 群馬県 - 表万座スキー場、水上高原プリンスホテル、水上高原ゴルフ場、水上高原スキー場、水上高原ゴルフレジデンス(シティグループに売却) 東京都 - 萩山テニスコート、六本木プリンスホテル(2006年12月25日に閉鎖し住友不動産に売却。2007年1月30日よりビジネスホテル”ヴィラフォンテーヌ六本木アネックス”として数年間の限定営業中)、麻布プリンスホテル(1976年に六本木プリンスホテルのあった場所にフィンランド領事館の土地と等価交換したことで閉鎖。現在、跡地はフィンランド大使館になっている。) 同ホテルの所在地:福岡県北九州市八幡西区東曲里町3-1(三菱化学の工場跡に建設、同社設立の法人より運営を受託していた。この法人がホテルマネージメントインターナショナル社に土地・建物を売却、従業員も移籍させた) 売却施設のうち、田沢湖・野尻湖・徳島・阿蘇の各プリンスホテルはプリンスホテルの運営最終日から10か月間(2008年3月31日まで)、ライセンス契約でプリンスホテルの名称を使用できる。 2008年2月2日と3日の2日間、グランドプリンスホテル新高輪で、日本教職員組合(日教組)の全体集会が予定されていた。ホテルはいったん予約を受理したが、2007年11月にになってから、右翼団体の嫌がらせによる、周辺住民への迷惑、特にこの日を中心に行われる入学試験に重大な影響を与えるおそれがあるとして、受け入れ拒否に転じた。 2008年2月には、前年3月に予約を受け付けていた日教組の教育研究全国集会の契約解除通告をめぐり、解約の無効と、使用させる義務があることを確認する東京高等裁判所の仮処分命令を無視して、予定されていたグランドプリンスホテル新高輪の会場の使用を拒否した(宴会場「飛天」で開催されるはずだった)[2]。当日には不当なダブルブッキングとなる事を承知で就職フェア開催を受け入れた。 これに抗議する意味で、上部組織日本労働組合総連合会がプリンス系ホテル及び関連施設の利用をボイコットする旨を表明した。傘下の全ての組合にも同様の行動を呼びかけるという。全国労働組合総連合や全日本教職員組合、日本弁護士連合会も懸念を表明する談話を出した。 この問題は国会でも取り上げられ、2月18日、衆議院予算委員会で鳩山邦夫法務大臣は「一般論として申し上げれば、裁判を無視してそれに反する行動を取る当事者がもしいるならば、法治国家にあるまじき事態だ」とホテルを批判、舛添要一厚生労働大臣も同ホテルが集会参加者の約190室分の予約を取り消したことについて「旅館業法に違反している疑いが濃厚だ」と述べた。2月21日以降、港区は旅館業法違反の疑いでホテル側から事情聴取を行っている。 プリンスホテル側は使用拒否の理由として、高裁判決の仮処分命令が出たのは開催予定日の3日前であり、警察当局からの具体的な相談もないことから安全に集会を開催することは困難であること。また、日教組側が周辺住民への事前説明を行っておらず混乱は不可避であったこととしている[3]。契約を解除したことについては、予約を受けつけたことが問題の発端とする批判は甘んじて受けるとしつつも、日教組側の説明が実態と大きく異なるものであり、実態を確認したためだとしている[4]。 一説には、これはプリンスホテル―西武グループ(堤義明)と自民党の繋がりを示すものであるとされる(『西武を潰した総会屋 芳賀龍臥』著者・平井康嗣)。赤坂プリンスホテル別館2階には清和政策研究会の事務所が長きに渡って置かれている。また党大会は必ず高輪プリンスホテルで開催されている事から、平井は「自民文教族の森喜朗は日教組大会が潰れて喜んでいるはず」と指摘している[5]。 |
レイクの紹介サイト、 レイクの紹介サイトのお得な情報、 レイクの最新情報、 レイクのウラ情報など、 レイクに関することの総合情報サイト。