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街路とは?/ レイク

[ 162] 街路樹 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%97%E8%B7%AF%E6%A8%B9

この項目では道路に沿って植えられた樹木について記述しています。尾崎豊の音楽アルバムについては街路樹 (尾崎豊)をご覧ください。
都市の美観の向上や道路環境の保全、歩行者等に日陰を提供することなどが目的である。一般に、歩道の車道寄りや中央分離帯に植えられる。
世界で最も古い街路樹は、約3000年前にヒマラヤ山麓に造られた街路、グランド・トランクに列植された樹木とされる。グランド・トランクは、インドのカルカッタ(コルカタ)からアフガニスタン国境につながる幹線街路で、一部に石が敷かれ、道の左右と中央に樹木が列植された。また、中国でも約2500年前の周代には、すでに壮大な街路樹や並木が造られていた。
日本では、6世紀後半の敏達天皇の治世に、難波の市にクワの並木を作ったとされ、8世紀半ばの聖武天皇の治世には、平城京にタチバナとヤナギの並木が作られた。また、光明皇后は貧しい人が飢えないよう、都大路にモモとナシの木を植えて並木道にしたと言われる。
さらに、754年(天平勝宝6年)に帰朝した遣唐使の僧・普照は、唐の諸制度とともに、並木・街路樹の状況も奏上した。これを受けて、759年(天平宝字3年)、太政官符で並木・街路樹の植栽を決めた。これが日本における行政主導の街路樹のはじめである。
8世紀後半の桓武天皇の治世には、平安京にヤナギとエンジュが約17メートル間隔に植えられ、地方にも果樹の並木が植栽された。鎌倉時代にはサクラ、ウメ、スギ、ヤナギの並木が植えられた。戦国時代には、織田信長が旅人の安全、快適な交通を確保するために並木道を作ったと言われる。江戸時代には、街道網が整備され、マツ、スギ、ケヤキなどが植えられた。街道には並木が作られるとともに、1里(約4キロメートル)ごとに一里塚が造られ、距離の目印、休憩場所として利用されるようになった。また市街地の川沿いの道などにはヤナギやマツが植えられた。
日本では、一度植えてしまうと街路樹として適さないくらい大きく成長してもそのままであるが、パリなどでは、街路樹に適した大きさの木への植え替えが行われている。
街路は木にとって楽な環境ではない。自動車の排気ガスを浴びることが障害の筆頭で、植えられる土が狭く固い場合(そうならない方が例外である)には、それも問題になる。これらには耐性が強い樹種と弱い樹種がある。20世紀後半から各地で街路樹に夜間の電飾をかけるようになったが、木にとっては負担要素である。成長すると、信号や標識の視認を確保するため、枝を払う必要が出てくるが、これにも耐性の違いがある。さらに気候の適性があり、木の寿命の長さも考慮の要素である。以上のように様々な要素が組み合わさるが、結果として現代では落葉樹、広葉樹が好まれている。
ただ、樹種選択のせいで直ちに失敗する例は少なく、たいていの木はある程度の負荷に耐えうる。また、いずれにせよ樹木とて不老不死ではない。そこで、不利な種を厳しく排除することなく、様々な街路樹を認める考えがある。21世紀初めには、その土地に昔から自生してきた樹種を優先しようという考えも登場している。
1907年(明治40年)に林学博士・白沢保美、子爵・福羽逸人によって選定された街路樹。今まで継承される樹種の基本となった。

 

[ 163] 街路研究会|Top
[引用サイト]  http://www.gairo.net/

このサイトについて

街の路、または町の道、そう『街路』、なんてありふれた言葉だろう。だが都市が人間の都市として自立している根拠をたどることができるなら、この言葉に対するイメージは一変するはずである。以前、都市再開発に携わっていた時分、都市を再構築する原理の不在にあきれ果て、そのもとで仕事をすることに疑問を感じた。再開発やら新開発が巷にあふれている状況からして、読者には信じがたいことかもしれないが、建物が都市を構成しているのは厳然たる事実だとしても、個々の建物の要求に答えることが都市の目的ではありえない。それぞれの建物の具体的な利害を調整することが都市運営上のもっとも現実的な方策に見えたとしても、都市の論理に従うことを欠いているなら、それは都市に荒廃をもたらしかねない。これが事実がどうかは今のわが国の都市を、都市を自己存在の手段としてではなく、都市そのものとして見るという理性を働かせることができるなら、極めて明快だろう。
こうしたとき一冊の本、バーナード・ルドルフスキーの『人間のための街路』(原題:『STREETS FOR PEOPLE』、1969年)に出会い、衝撃を受けた。ここでもそこから究極の一節を引用しておこう。‥‥というのは、街路はエリアではなくヴォリュームであるからだ。言い換えるなら、街路はそこに建ち並ぶ建物の同伴者にほかならない。街路は母体である。都市の部屋であり、豊かな土壌であり、また養育の場でもある。そしてその生存能力は、人びとのヒューマニティに依存しているのとおなじくらい周囲の建物に依存している。
完璧な街路は調和のとれた空間である。取り囲むのがアフリカのカスバのごときほとんど密室の家々であろうと、あるいはヴェニスの繊細な大理石の宮殿であろうと、要はその囲いの連続性とリズムである。街路はそれを縁どる建物があってこそはじめて街路であるといえよう。摩天楼と空地では都市はできない。西欧建築の成功は、(くどくどしく美術史家が説くように)個々の建物が担っているのではなく、町の街路や広場の全体が担っているのだ。アノニマスな(注:匿名の)建物はモニュメンタルな建物に劣らず町の様相を決定する。貴重な芸術作品、すなわちランドマークたる築造物は、ひとつの町を形づくるうえではパンに入っている乾しぶどうの役割を果たすに過ぎないのである。(平良敬一・岡野一宇訳) 「現代的」な都市論にうつつを抜かしている連中には、口をこじあけてでも飲ませてやりたい言葉だが、そこで立ちこめていた濃い霧がさっと晴れ、遠くまではっきり見渡せる心地がした。集合して都市を形づくる建物は何を志向しなければならないのか、それはどのようなかたちに結晶し、それは人間にとって何を意味するのか‥‥、これらが一挙に見えてきたのである。ねばならないのか、どのような、何を、そのときの感覚をいま一応こうした言葉で表現したけれども、およそ実感としては、そうした理屈ぽい言葉使いとは無関係に、感激して、うれしくて、素晴らしいから、どうしてもそうなってしまうというものであって、このサイトでの写真に定着された無尽蔵の豊かさを秘めた街路の光景をご覧いただく読者には、その感覚を共有してもらえるだろうと思う。
ねばならないと確かに言えるし、しかしその単にねばならないというレベルをはるかに越えた、人間存在の根底に働きかける摂理をそこに見、一方都市再開発の寒々とした現実にまみれるなかで、ルドフスキーの指摘する都市と人間の摂理ともいうべき原理を徹底した論理として明らかにする必要を感じた。摂理にならそれは論理として説明できるはずだし、また徹底的な論理化によってはじめて、それは神の恩寵のようなものとして受け入れられるだろうと。こうしておよそ16年かけてそれを一冊の本にまとめ上げた。
ここに設立するウエブサイト「街路研究会」は、しかし上述の論理とは一応別に、理屈無用のナチュラルな人間のナチュラルな感性が捉えるはずの、まさに都市の人間の場所としての街路の素晴らしさを語り、その感動を共有しようとする。それでも論理を語る場面はあるだろうが、ここではおまけのようなもの。また研究会といっても、会員は現在のところひとり、会則もなければ、さしあたっての行動予定もない。そもそもひとりの人間が都市を語って、都市が変化するわけではないから、あわててもしょうがない。だが身近な場所にこんな街路があったらいいなと思うがどうかは大切なこと。取りあえずはそんな感覚を持つひとが増えてくれればいいな。

街路とは何かを問う読者のための簡単なメモ

街路とは道路の一形態であり、それは街=町に存在する道路を指す用語にほかならない。注意すべきは、街路が道路の一形態といっても、きわめて特徴的な様相を呈して現出している事実である。道路なくして建物は存在しえない、この必然の関係が都市部では高密度に折り重なり、道路は街路となって現れてくる。建物は外壁によって自らを包み込み、内部に自らの空間を作り出しているが、これを街路に存在する人間の目線で冷静に観察すると、街路の両側に林立して連なる建物の外壁が街路を囲み、街路は立体的な空間となって現れている。成熟した都市においては、建物の外部(空間)が実は街路の内部(空間)にほかならず、街路の外部(空間)が建物の内部(空間)にほかならないことがが理解される。ここでの根源的な意味は、建物の内部(空間)と街路の内部(空間)が建物の外壁を境界にして接しており、都市が建物の内部(空間)と街路の内部(空間)によって埋め尽くされていること、そこにあいまいな何かが入り込む余地がまったくないということである。
それでは、都市という現象は都市の人間にどのように現出しているか。都市が無数の建物の集合によって作り出されているのは明らかだとしても、個々の建物の内部(空間)が都市ではないこともまた明らかだ。したがって都市は建物の外部にある何かであり、上述の論理からそれは街路を措いてありえない、つまり都市とは街路にほかならない。これは単に理屈上の話しではなく、都市の建物の輻輳する関係をいかなる価値基準によって制御していくのかという、現実の深刻な問題に直面すれば、きわめて明晰かつ本質的な原理として浮かび上がってくる。
都市景観とは街路景観にほかならず、都市計画が都市の計画であるなら、それは街路計画でなくてはならず、用途地域制からして、現実からの抽象に終始している現在の用途地域制をあり得べき用途地域制にしようとするなら、街路から建物を見る方法以外にない。しかしここで第一に確認すべきは次の点である。都市が街路にほかならないのだとしたら、都市の場所と呼びうる場所は街路以外にありえず、ルドフスキーが指摘するように都市の人間を養う土壌は街路以外にありえず、したがって、街路を都市の人間を育む豊かな土壌にしていくことが都市の究極の目的となる。
以上の多少込み入った文脈を頭の片隅にいれて、ここでの街路写真をご覧いただければさいわいである。
街路を深く知るための本

本物の街路研究会会員になろうとする読者に推薦する本を二冊。一冊は自分のものだが、推薦する気持ちにいつわりはないので、お目こぼしを。小樽市の方は両方とも市立図書館でご覧になれます(本当は買ってほしい!)。
人間のための街路
バーナード・ルドフスキー著/平良敬一・岡野一宇訳、鹿島出版会
序章/破壊による発展/豚のための街路/街路の推薦状/キャノピーのある街路/逍遥学派/路上のドラマ/街路の個性/階段を讚えて/橋と高架街路/続・キャノピーのある街路/迷路/ダイヤモンドの街路と水晶の舗道/青い噴水/カフェと街路/犯罪の報復/展望
都市の哲学
田村敏久著、文芸社
|ボローニャのポルティコ|自動車のいない街|ミラノのガレリア|スイスの坂の街|デルフトのボンネルフ|

 

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