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伸ばしとは?/ レイク

[ 853] 私はこうして雑誌売上を伸ばしました
[引用サイト]  http://j-magazine.weblogs.jp/

パソコン上でページをめくって読める形式となっており、こちらは無料でダウンロードして読むことができます。試しに読んでみたいという方は、こちらもご利用いただければ幸いです(詳細は富士山マガジンサービスのほうでご確認ください)。
なお、冊子の配布も継続しております。無料でお送りいただいておりますのは、書店様ご勤務の方に限らせていただいております。なお、書店様以外の方から冊子のご注文がありました場合には、1部200円でお売りさせていただいております。なにとぞご容赦ください。
年の瀬の一番ご多忙な時期に勝手に書店様にお送りさせていただいた冊子『これで雑誌が売れる!〜雑誌売り名人が明かす秘訣と工夫〜』ですが、お陰様で多方面から反響をいただいているようです。ブログ担当をしております私のところにも、旧知の書店員様から「見たぞ!」というご連絡がありました。すいません、もう何年も御無沙汰してるのに、ありがとうございます…。
当ブログにも送付をご希望される皆様からの投稿が相次いでおります。少しお時間をいただく場合がございますが、現在のところ在庫は潤沢にございますので、原則として満数出庫させていただいております。
「肝心の売るべき商品が減数されるんじゃ意味ないよ・・・」というツッコミは、新年でもございますのでご容赦いただきますよう、平にお願い申し上げます。
・郵便番号 ・住所(建物名まで正確に) ・書店名およびご担当者名(部署がある場合は部署名も) ・電話番号 ・ご担当者様のメールアドレス ・送付希望冊数(多数ご注文の方はご相談させていただく場合がございます)
ブログの「コメント欄」に名前や住所等を書かれる方がいらっしゃいますが、コメント欄への投稿は、原則として一般の方々へ「公開」されますのでご注意ください(現在、個人情報に関わる書き込みに関しては事務局の判断で公に掲載しないようにしております)。
なお、メールフォームおよびコメント欄で送付ご希望をいただいた書店様からのご注文は、1/7(月)受付分までは事務局のほうで送付手配をさせていただいておりますのでご安心ください。
全国書店員の皆様、長らくお待たせいたしました。「これで雑誌が売れる!〜雑誌売り名人が明かす秘訣と工夫〜」小冊子がついに完成しました。
書店の皆様がお送りいただきました数多くの情報を、ぎゅっと詰め込みました。ぜひ、書店の皆様でお読みいただき、少しでも「売るためのヒント」を探していただければと思います。
表紙と中のイラストを描いていただいたのは、書店の内情をつぶさに描き話題となったマンガ『暴れん坊本屋さん』の著者、久世番子さんです。お忙しい中誠にありがとうございました。
本文の様子はこちらをご覧ください。皆様からいただきました情報を、なるべくたくさん載せようと思った結果、かなりの文字量になってしまいました。なにとぞご容赦ください。
「冊子が届いた」という書店員さんの声もちらほらいただきました。すでに販売会社さん経由で全国書店様にはお送りさせていただいております。頒布価200円と銘打ってはおりますが、書店員さまにおかれましては、もちろん無料で配布いたします。当ブログの受付フォームより、「冊子送付希望」と書いて、住所、お店の名前、担当者のお名前など必要事項をご明記ください。
また、お読みになった感想、ご意見、ご批判、「オレならこうやるね」という新たなネタなど、何でも受け付けております。そちらもコメント欄や問い合わせフォームなどを用いてご送付いただければ幸いです。
当ブログがずっと凍結していて申し訳ございませんでした。これから何回かにわけて、冊子の中身をこちらでもご紹介させていただきます。
お久しぶりの更新で申し訳ありません。「書店経営研修会(栗田出版販売内)」主催の「第28回出版販売実務セミナー」におきまして、当プロジェクトのリーダーを務める文藝春秋の名女川勝彦組長が講演を行いました。多数御集りいただきました中で、我々販売事例集づくりの目標と詳細、販売成功事例の紹介と雑誌販売に対する心構えについてなどをお話しいたしました。
講演中、筆者の印象に残ったのは、「自分がやるだけでは売り上げは上がらない」という話です。当研修会に集まっていらっしゃったのは主に書店経営者やマネジメントの立場にある方々ですが、実際に店舗で雑誌担当をしているのはパートさん・アルバイトさんのケースが多いといいます。
「店長や経営者が自らやるだけではダメ。かといって、他店の事例を単に押しつけても意味がない。われわれが集めた成功事例を、現場の雑誌担当の方々とのコミュニケーションツールに使っていただきたい。『こんなやり方はウチの店じゃだめ』『これは使えそうかな』という話を通して、ぜひあなたのお店なりのやり方を一緒に作ってもらいたい」
ここで集める成功事例は、あくまでもある立地、条件の中で成功した一つの結果にすぎません。万能薬は存在しないのです。いろいろな事例を参考に、それぞれのお店の方々が試行錯誤を繰り返すことが、雑誌の売り上げを伸ばすことにつながっていくのでしょう。
膨大な商品情報、テレビや新聞などでの紹介、出版社からの新刊案内・・・全員がすべてを把握することはたいへん難しいでしょう。そんな中でどうやってスタッフ間での情報共有を図るかが、大きな課題となっています。
チェーン全体のスタッフ専用ホームページがあり、そこに皆がテレビや新聞で取り上げられた本などの情報を書き込んでいます。これをスタッフ全員が必ず目を通すようにしています。すぐさま関連コーナーを設置。(東京都/駅ビル内/80坪)
「いや、こんなの一部の大型チェーン店でしかできないじゃん」と思うなかれ。先日「本の学校シンポジウム」でお話しされていた、くまざわ書店の森岡さんは、いけだ書店池袋店の店長を務めていた時に、以下のような取り組みをしていました。
「問い合わせノート」というものを作りました。お客様から問い合わせを受けたら、その内容をみんなでそこに書き込むようにします(もちろんアルバイトさんにも書いてもらいます)。これにより、「今日はあの雑誌の問い合わせが多いな→売り伸ばしできる!」といった判断ができるようになります。(「本の学校シンポジウム」発言より抜粋・再構成)
無理に大きく考えすぎず、まずは同じ店のスタッフ同士でどうやって情報を共有するか?を考えてみてはいかがでしょうか。形式的なミーティングだけで終わっていませんか?
毎日多種多量の新商品が出て、人の出入りも激しい書店さんでは、ほっとくとすぐに店頭がぐちゃぐちゃに・・・。「人手が少なくて店頭の整理まで手が回らないよ!」という書店員さんの悲鳴が聞こえてきそうですが、やはり「売り伸ばしの基本は棚の整理から」という声が数多く聞こえてきました。
乱雑な棚ではお客様は近付きにくいので雑誌整理を1時間に1回は行なう(あるのに無いと思われるのはつらい)。(福岡県/住宅街/80坪)
平積商品の上に別の商品が乗ると、店の担当者が気がつくまで死んでしまうので、平台はこまめに整理する。面陳列も同様なので、他の商品が間違って入らないように満杯にしておく。(兵庫県/郊外型/280坪)
とにかく一番大事なのは丁寧に真っすぐに商品を出す。当たり前ですが他の店を見ると出来てなさすぎです。(福岡県/繁華街/坪数不明(大型店))
全国から120を超える「成功事例」をいただいており、当プロジェクトのメンバーも喜んでおります。ありがとうございます。本日は、陳列に工夫をしたくても場所がない、そもそも売上も決して大きくはないという、比較的小さな店舗からの事例を2つご紹介します。
最近チェーン店や複合店舗では予約や取り置きを受け付けていない所があるが、当店では「ご予約、お取り置き気軽にご相談ください」という案内を店内にはり、こまめに対応している。それがお客様の信頼につながり、ひいては定期購読の獲得につながっている。(愛知県/駅前型/30坪)
通行人調査を実施したうえで、店前陳列を大幅に変更した。店前陳列が当たり前とされているグリーンスタンドを撤去し、幼年誌や学年誌は店内の児童書コーナーに陳列した。そのかわり、店の前を女性誌の面陳販売に切り替えたところ、幼年誌の実売を維持したままで、女性誌の実売数を伸ばすことに成功した。(大阪府/駅前型/15坪)
品揃えの豊富さでは大型書店が有利な中で、中小店舗は「テーマを絞ってお客様にアピールするか」が重要であると言えそうです。当プロジェクトは、引き続き「小さい店ならではの工夫」を大歓迎しております。投稿はこちらからどうぞ。
「新文化」などで紹介をいただき、アクセスが伸びているようです。ありがとうございます。ゆるゆると更新してまいりますので、時々のぞいてみてください。
文芸誌などで特集されている作家さん、もしくはタレントの方がいたら、その方の書籍と同じ所に陳列します。角田光代さんが直木賞を受賞された時は、その前に出た『文藝』の角田光代特集号を文芸書コーナーに置き、完売させることができました。とはいうものの、古川日出男さんが三島賞を取った時も並列しましたが、そのときはさほど売れませんでしたけど・・・。ふだんから心掛けていることは、特集されているモノや人について、メディアでの露出が多くなっていると感じたときには、思い切って追加注文を出したり配本数を増やすよう早めに働きかけたりすることです。(東京都(都下)/駅前型/80坪)
「雑誌を書籍売場に置く」あるいは「書籍を雑誌売場に置く」という投稿は他にも多数。お客様からすれば、テーマが一緒ならば雑誌も書籍も同じ本であることには変わりません。「売場を混ぜると管理が難しい」という大型店舗の方からの悩みのコメントもありましたが、できるところから始めてみてはいかがでしょうか。
「ウチは昼間のお客様と夕方から夜にかけてのお客様の流れがまったく違うんです。そこで、ターゲットに合わせて店頭前面の平台に置く雑誌を、時間帯ごとに置き換えるようにしました。昼間は主婦層向けに婦人誌や料理雑誌など、夕方は学生や若いOLに向けたファッション誌、夜は男性サラリーマンが多いのでクルマ系の趣味誌や週刊誌・・・。これによって、明らかに手に取られる数が変わってきますよ。売るためには面倒などと言ってはいられないでしょう。小さい店が目指さなければいけない、“効率販売”の最たるものではないでしょうか」(東京都/住宅地駅前型/20坪)
書店様や販売会社様などからの「雑誌販売成功事例」が次々と寄せられております。本日もその中から主なものをご紹介いたします。
・・・雑誌の付録については様々なご意見が寄せられました。付録組みに苦労されている中で、こちらの投稿のように「見本を作る」という案が複数寄せられております。これは試してみる価値ありかも。

 

[ 854] livedoor ニュース - 【独女通信】冬のワキ毛は伸ばし放題!?
[引用サイト]  http://news.livedoor.com/article/detail/3477223/

長袖を着るようになると、ついついサボリがちになるのがムダ毛の処理。今年はレギンスや濃色タイツが大流行だったこともあって、スネ毛も目立たちにくく、例年以上に処理をしていない女性が多かったかもしれない。果たして女性たちのムダ毛処理回数は季節によって異なるものなのだろうか。@cosmeで掲載されている「ムダ毛ゼロつるつる肌」のアンケートによると、季節はもちろん交際相手の有無でムダ毛の処理回数に大きな差が見られることが判明! まずは、ワキ毛。彼がいる時期は82.1%の人がこまめに処理をしているのに対して、彼がいない場合は56.8%。それでも夏場は85.9%の人が処理を怠らないが、冬場になるとこれが44.9%にまで落ち込む。今の季節は2人に1人はワキ毛ボーボー状態!? 見せる相手がいなければ、すくすくワキ毛を育ててしまう女性心理。わからなくもない。 また彼のいるいないで処理回数が大きく違っている箇所がある。それは背中とビキニライン。彼がいる時の場合、背中は11.1%、ビキニラインは37.1%もの人がマメに処理をするが、彼がいない時の処理率は背中1.1%、ビキニライン8.2%と放置状態。一方で、口の周囲にうっすらと生えるヒゲは季節や彼の有無に関わらず、6割近い女性が処理をしていると回答していた。衣服で隠れる体毛は見逃せるが、常に他人様の視線にさらされる顔はつねにつるつる感を保っていたいというのは、よく言えばとても合理的な考えだ。 それでは実際、男性は女性のムダ毛についてどう感じているか。都内の企業に勤めるTさん(26歳)は、「自分の母親以外、女性のワキ毛を見たことがありません。なのでワキ毛の生えている女性=心がオバサンという印象を抱いてしまうかも。脚や腕のムダ毛はよっぽど目立たない限りは、ボクはあまり気にしません。ただ潔癖症の男は嫌がるんじゃないかな」と話す。 制作会社に勤務するKさん(39歳)は「つき合っている彼女の3mmくらい剃り残したワキ毛が嫌」ときっぱり。というのも、「ワキ毛を完璧に処理していないのは自分に対して気を抜いている証」だから。そのため恥ずかしそうに隠すそぶりを見せれば許せるが、堂々と開き直られると気持ちが萎えてしまうのだとか。なるほど、男は意外な場所で女の愛情を計っている。「だけど電車の中などで、見知らぬ女性のワキ毛が見えちゃう時があるでしょ。あれは、得した気分になっちゃう。他人の見られたくない場所を盗み見てしまったようでエロチシズムを感じるんです」とKさん。ただし、そんなワキ毛も剛毛はNG。軟らかそうなワキ毛が肌にうっすらと密着するくらいがよいのだそうだ。 いずれにしろ、ワキ毛は恋愛を育む上での大きな障害になる。ワキ毛が伸びてしまったため、彼との一線を越えられなかったという話もよく聞くものだが、そんな男女間の感情を逆手にとったいうのが、弓子さん(27歳・仮名)のこんなエピソード。「気になっていた遊び人の彼と飲みに行くことになったのですが、雰囲気に流されて関係を持つのは嫌だった。彼とは友達以上恋人未満の微妙なラインを保ちたかったんです。そこであえてワキ毛を伸ばしてデートに参戦。予想通り、彼にホテルに誘われたけどきっぱり断ることができました(笑)」 ちなみに弓子さん、キスまでは許したそうだが彼にワキ毛を触られぬよう、両腕をきつく締め続けていたそうである。弓子さんの頑なな態度がよもやワキ毛のせいだとは彼も気が付かなかったに違いない。 さて、これを読んでいる独女のみなさんのムダ毛状況はいかがであろうか。ワキ毛の処理が済んでいないのならば、もしかしたら現在、恋愛から遠ざかっているのかも!? 出会いを呼び込むためにも、まずはつるつるのワキを目指してはいかが。(中沢夕美恵)■関連リンク@cosme

 

[ 855] 音楽センスを伸ばしたい!
[引用サイト]  http://music.reviewers.jp/

このたびアメリカで2人目の子どもを出産しました。母子ともにとても元気です。上の娘の世話をしつつ赤ちゃんのお世話をしているので、さすがにパソコンに向かう時間をとるのが難しい! でもまあ、なんとか生きています。なんとかなるでしょう。
いろいろな方に出産のあいさつをしなければと思いつつ、まだ終わっていません。あいさつが届かずにここ見てくださっているみなさま、ごめんなさい。なにとぞお許しを。
5年前に娘を産んだときは、ブログに一切育児のことは書きませんでした。今回もさほど書くつもりもないんですが、まあ時々は軽く触れてもいいかなと。
前回の出産のときは、ライブ通い三昧の生活をお休みするのが精神的に辛くて辛くて、育児について書きはじめると、何かネガティブなことをたくさん書いてしまいそうで怖かったんですね。一日中赤ちゃんのお世話で忙しいので、せめてパソコンに向かっているときぐらい、音楽三昧でいたい、という気持ちもあって。
なぜかそれに比べて今回は精神的には楽なんです。まあ、アメリカに来てしまった時点で、ライブに行ける回数は激減しましたし、仕事も大幅減、いろんな意味での充電期間に突入したわけで。でも、英語を勉強したり、道路を運転してあちこち行ったり、時々はこちらのライブに行ったり、充実しています。…なかでも大きいのは、こちらで日本人のママ友達がたくさんできて仲良くしているからかも。アメリカ人のママ友はまだ2人ですから、もっと増やしたいですが。
娘が生まれるまでは、よく連絡をとる友達といったらライブ友達ばかり。話題もライブのことCDのこと、音楽のことばかり。それはそれで楽しかったし良かったのですけれど、家の近所に誰も友達がいなかったんですね。
ライブ通いをしながら「子どもは欲しいけど、ライブにいけない生活なんて、考えられない」「アメリカに行ったら、ほとんどライブに行けなくなる」…とどれだけ不安だったことか。
でもまあ、年に数回のライブでもそれほど気が狂うような思いをせずに、なんとか私、生きていられています。不思議なものです。家族と友達、それとインターネットでつながっているみなさんのおかげでしょう。
ぎゃあああああーとすさまじい泣き声で暴れているのに、おっぱいをあげるとぴたっと泣き止んで、必死にゴクゴク飲んで、飲み終わったら気持ちよさそうに手を万歳して寝ている。
産まれた時にはすっきりしていたふくらやぎやほっぺに、どんどんお肉がついてぷくぷくしてきたり。確かに連日のように半分徹夜状態で眠いし、抱っこの時間が長くて背中は痛いですけど、でも、どこまでも無力で何もできない赤ちゃん。
大学時代の後輩が、「のだめカンタービレ」のお正月特番を録画してこちらに送ってくれました。ユーチューブで細切れには見ていたのですが、届いたその日と、翌日に、さっそく見ちゃいました。ユーチューブもいいけれど、やっぱりテレビで見なくっちゃ!!
今回は千秋の指揮者コンクールと、のだめがコンセルバトワールに入学してから初リサイタルを終えるまでがメインのお話でした。
ヨーロッパに来て、ふたりには、強力なライバルが現れます。指揮のコンクールではジャン、のだめには中国人ピアニストの孫ルイ。まあライバルといっても「ガラスの仮面」の北島マヤと姫川亜弓みたいな宿命のライバルってわけじゃなく、同じ分野で頑張っていて才能があって、少し自分の先をいっている同年代の人ってだけなんですが。
千秋ものだめも、それぞれジャンとルイを意識して自分を見失っていきます。あれだけマイペースで、楽しければいいじゃないと開き直っていたのだめでも、やっぱりコンセルバトワールで初見やアナリーゼについていけず子ども以下とか、レッスンで「ぜんぜんダメ」といわれ、落ち込むんだなあと妙に感心。いつもパーフェクトな千秋も、ボロボロに酔っ払って荒れている姿が気の毒なくらい。
ピアノも語学も、仕事も家事も育児も、それこそ病気も、ああほんとうに、他人に誰かかわってもらいたい…と思うことが多々あり(笑)、それは誰もが一緒なわけですが。でもどんなに他人が「かわってあげたい」と思ってもかわれないものがやっぱりあって。子どもの病気なんかその代表ですね。語学にしろピアノにしろ、どれだけヘタでも自分で一歩ずつ踏み出さないとまったく前に進まない。本を書くのもそう。新しい土地や学校に行ったときの孤独。なんでもそう。
もうだめだ、逃げたい、どうしていいかわからない、と思ったときに、千秋は酔っ払って寝て、のだめは何をしていたのかわからないけれど髪がボサボサのヨレヨレな姿になって号泣。そこからどうやって立ち直るのか、という描写が「のだめ」の面白いところです。
千秋は、片平さんのジャンプ入りの面白い指揮を見て、のだめは教会でモーツァルトの合唱を聴いて。もちろんそのイベントひとつで復活できるような甘い展開でもなく、だけどあとで思い出すとあの出来事がひとつきっかけになって少しずつ上向きに地道に歩き始められたなあ、みたいな感じが、とてもうまくドラマの中に描かれていました。
友達や親や周りの人たちは、当たり前だけどかわりに試験を受けたり演奏したりコンクールを受けたりはできないわけで、自分で乗り越えるしかない。当たり前なんだけど、その厳しさがありながら、でもやっぱりまわりで支えてくれる支えあっている友達や家族の力も、とても大きい。
きわめて当たり前のことといってしまえばそれまでですけど、ステージで拍手を浴びる指揮者にピアニストの晴れ姿はあまりにもまぶしく、そうした日々のもろもろがあっての晴れ姿であるということが実感しづらいんですよね。あまりに実感されすぎても、今度は夢がなくなっちゃうし。これまでにも書いてきたけれど、やっぱり「のだめ」のいいところは、ドラマだから、
晴れ姿以前のボロボロな状態を見事に描いているところ。ほんとうに真実味があるし、勇気がもらえます。誰にもかわってもらえないものを、みんなが背負って歩いている。どんなにみじめに思えて情けなくても、自分で一歩一歩進んでいくしかないのだと。
新春特番から話がズレますが、こちらに住む日本人駐在員のママ友達で、日ごろあまりテレビを見ないという人が、台湾人のママ友から「これ日本のドラマですっごく面白いのよ。見てないの? 貸してあげる」といって台湾語の字幕入り、音声は日本のまんまの「のだめ」ドラマを借りて、「すっごく面白かった」と言っていました。
台湾やほかの国でどれだけ「のだめ」がはやっているのかはわかりませんが、キャプテン翼を見て育ったサッカー選手が日本だけでなくヨーロッパにも沢山いるように、「のだめ」を見て育った音楽家が世界じゅうから出てくる日が来るかも?
ぜんぜん演奏のことを書きませんでしたが、いやあ、今回もいい曲ぞろいでため息が出ましたね。ラヴェルの「道化師の朝の歌」が好きなので嬉しかったし、モーツァルトのオーボエ四重奏曲がしみじみ心に染み入ってきたし、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲もなんだか泣けたし、そうそう、のだめが作った「もじゃもじゃ組曲」があまりに素敵なのでびっくり、「こんな曲だったのっ!?」…アマゾンでCDの曲目のところを見たら、あれは大島ミチルさんが作曲したみたいですね。「道化師の朝の歌」は野原みどりさんの演奏で、鬼才として知られる上野真さんの「マゼッパ」もひかれるー。そうそう、指揮者コンクールでの間違い探し、私はただ聴いていてもぜんぜんわかりませんでした。あれってホントに違ってるんですよねえ。スコアとCD、首っ引きで間違い探しをやってみたい衝動に駆られてきた…。このCD買ってしまおうかなあ。
今年は、猛烈におせちが食べたくなり、サクラメントにある日本食材店に買出しをして、ひととおりおせちを作りました。
結婚して毎日包丁を握る生活になってからすでに10年以上経過しているのだけれど、日本にいる頃は、お正月といえば実家に行って「いただきまーす! おいしい!!!」といって食べる側。もちろんお手伝いはやってましたが、あくまでお手伝い。
もう30代も後半になって、おせちも作れないなんてどうなのよ? とは思っていましたが、去年のお正月は「自分で作るなんて面倒すぎる」といって、2−3品作って終わりでした。
しかし今年はやりましたよ。だって自分で作らないと食べられないんですから。私はどーしてもおせちが食べたかった、今年は。で、日本から持ってきたこの本を頼りに作りました。昔買った「きょうの料理」の12月号なんかも見ましたけど、結局この本の「おせち」のページが一番役立ちましたのでご紹介。
伊達巻きはアメリカだと入手困難。去年なんてサンノゼに買出しに行った人に頼んで1本1000円ぐらいで買ってきてもらったんです。
しかし! ネットで調べたら、すりつぶしたはんぺんと卵5個にみりんやお砂糖を入れてオーブンで焼いて巻けばできるらしいので挑戦。はんぺんならサクラメントでも売ってますので。
栗きんとんも、サクラメントで栗の甘露煮の瓶詰めとさつまいもをゲットしたからそれで作れる。なます、きんぴら、甘く煮たお豆、さといもやれんこんの煮物、お雑煮…30日から、まなじりを決して、作りましたとも。
だし、しょうゆ、砂糖、みりん。また砂糖。みりん。げっ、こんなに砂糖使うんだ。今度はお塩。これは下ゆで、これは皮をむいて。しょうがも入れる? はいはい、省略しないで入れないと。ぶつぶつつぶやきながらひたすら作りました。
いやはや私と同年代の主婦のみなさんは、みんなすでにやっていることでしょう。しかし私は、おせちに関しては完全に「食べる側」だったのが「作る側」になって、ある意味革命的なお正月でした。作り終えて重箱に詰めたときの達成感といったら!!!「伊達巻きやきんとんまで作った私ってすごいかも!!」と、できた料理のクオリティ以前に、作った事実に対して、自画自賛モード(笑)。
しかし、夫や娘は食べる側。「ちゃんとおせち料理の味がしてるじゃん」と感激している私に対して、夫は「なんか切りかたが大きいね」とか娘は「まあまあね」とか、クールなコメント。もちろんバクバクと食べてくれているので、一定の水準はクリアしているらしいし、まあいいんですが。
お店で売っているおせちや、ベテランのお母さんたちのおせちの域にはまだまだ到達できない。でも、材料があれば、自分で作れるぞ、というのが、今回とても自信になりました。
アメリカに来る前、私はライブに行けなくなること、そしてスーパーのお惣菜や外食がない生活になることが怖かった。それまでの私の人生は、なんだかんだいって、圧倒的に「消費する側」に位置していたのです。
今でも、たとえば着るものに関しては「消費する」ばかりで、なにも作っていないけれど、音楽と食べ物に関しては、アメリカに来てから大幅に「消費する側」から「作る側」に移行しました。
生のコンサートが近所でしょっちゅうなくてつまんない。でも家にあるグランドピアノで、学生時代にはとても無理だと思っていたショパンのソナタの3番の終楽章とか、シューマンの「謝肉祭」といった曲をちびちびと譜読みして自分で弾いてみるのが、このうえなく楽しいのです。この楽しさが、ちょうど自分でおせちを作って「私にもできるじゃん!」と喜んでいるあの気分によく似ています。スムースジャズに関してはCD一辺倒で、自分では演奏しませんが、グランドピアノの生の音をドカーンと家で聴いているだけで、随分精神的に違うものです。別にたいして上手に弾けてるわけじゃなくてもいいんです。
おせちだけじゃなく、コロッケ、メロンパン、プリンも最近、自分で作りました。だって売ってないんですもん、うちの近所には。去年は車を2時間飛ばしてサンノゼに行って買出しして「おいしい」なんていってましたが、1時間あれば自分で作れることに気がついたのでした。
でも、日本にいたら死ぬまで自分で作ろうだなんて考えなかったことでしょう。どこどこのお店がおいしいらしい、とか雑誌をめくりながら、消費専門ポジションにいたことでしょう。
音楽でも料理でも、作り手にまわらないで、「これがいい」「あれがいい」と批評しているだけのほうが楽だと思っていました。だって、いざ自分が作り手になると、すごく頑張って作って結構いい線いっているじゃんと思っても、上には上がいて、まあそこそこできればいいほう、現実はそんなものです。普通はね。
でもですね、作り手(弾き手)になれると、コストが安く、いつでも自分の好きなときに、生の音楽、食べたいメニューにありつける、というメリットがあります。
消費するだけでなく、演奏する側、作り手にまわるのは、怖いことです。誰もが必ずしも演奏する側、作る側にまわることはできないかもしれない。
でも、作り手になるというのは、批判を浴びようがなんだろうが、すごく誇らしいものなんですね。おせちがひととおり作れる自分!! と思っただけで、なんだかすごく誇らしいんですもの。世間一般の味の偏差値でいけば普通かもしれないけど、それでもいいんです。作ったというだけで、もうリングにあがっているんです。
おいしいだのまずいだの消費しているだけで作れない人は、作り手にまわったら、一番下っ端、リングにもあがっていない存在なんですから。やっぱり作る人は偉い。音楽だってそう。たとえ下手でも、演奏する人、曲を作る人は、やっぱり偉いのです。作り手になるのは、すばらしいこと。だから、「どうしよう」ともし思っているのならば、一歩を踏み出す価値は大きい。最初はド下手のどうしようもない結果になるのが目に見えていても。
もちろん作り手になれなければ人生つまらないのかといえば、「おいしい」といって食べてくれる人がいないと作りがいがないのも事実です。音楽でも「いいね」といって聴いてくれる人がいないと演奏する甲斐がない。消費する人の存在も、作り手には大切です。
消費する側になるのか、作る側になるのか、それはその人しだい。そして、作り手といっても、自分や家族のために細々と作るのか、それともお金もをもらってプロとして作るのか、いろいろ段階はあるものです。でも、それぞれのポジションに応じて、誇りを持ち、作り手になることを怖れないでいきたいな、と感じたお正月でした。
日本でも話題になっているサブプライムローン問題、実はカリフォルニアの郊外の住宅地の我が家だって、ご近所は銀行差し押さえの抵当物件ばっかりです。うちの近所を2−3分歩くと、抵当物件になった一戸建てが7−8軒ごろごろしてます。うちは駐在なので借家ですけから、関係ないといえばないですが、目と鼻の先にローンが払えなくなって引っ越した人の家がたくさんあるのは事実です。クリスマスのイルミネーションが華やかに飾り付けされた家並みのなかで、抵当物件の空家の前だけはぽつんと暗いのです。
サブプライム問題と、このニッケル・アンド・ダイムドは直接関係あるわけではないけれど、でも、CDを聴いたりピアノを弾いたりするささやかな音楽の安らぎだけに満足していて、こういう陰の部分を見ないようにしていると、ずぼっと落とし穴に落ちそうな気がして、チェックしています。
格差本は日本で流行になっているみたいですね。私としては、昔からピアノのおけいこ業界に存在していた「音大のピアノ科に行けたらすごいわよね」「やっぱり基礎からきっちり、チェルニーもきっちり、ハノンもきっちりやった子の演奏は違うわよね」みたいな暗黙の、というか半ば自動化した意識をもう一度よく考えるための土台として読んでいます。
かつて私がチェルニーもハノンも我慢して練習したのは、「きれいに弾けるようになりたいから」というのもありましたが、「音楽の先生になって、毎日好きな音楽に囲まれて生活できるようになりたい。そのためには大学受験を突破しなければ。へろへろした指では大学で音楽は専攻できないんだ。だからがんばらなくちゃ」と歯を食いしばっていたのです。
結果として、そのときの我慢と若干の努力はいちおう現在につながっているわけですが、しかし果たしてチェルニーやハノンを使った・・・別にチェルニーやハノンだけでなくてもいいんですけど、楽しいだけではすまないピアノの訓練的な部分を、どこまで頑張って、どこまで我慢して、子どもたちにやらせるべきなのか?
音大に入れるぐらいの演奏ができるというのは非常に価値がある贅沢なことで、すばらしいことです。ただ、卒業してからその演奏技術を生かす場はあまりない。音楽で生計をたてることにこだわると、ピアノが置ける部屋を借りて一人暮らしすること自体むずかしい。
こういう未来を知っていると、今日は練習するのめんどくさいと文句をいう娘にピアノの練習を長時間やらせようとか、家でなかなか練習できない生徒さんに「ちゃんと練習してきて!!」といって怒るだなんて、できなくなってしまうんですよね。
だって、プロ中のプロになって困らず食べていける一部の才能がある人というのは、そんなに「練習しなさい」と言われなくても叱られなくても、異様な興味を示してピアノにかじりついて、普通の子が1年かかる本を1週間で譜読みしちゃったりするんですから。
異常な才能と執念と関心があってほかの道に進めないような子が、音楽の道に進むべきで、そうでない子は、あくまで趣味として極めればいいんだろうなと思います。でも趣味だから下手でもいいじゃんでは面白くない。趣味なのにこんなに弾けちゃうなんて、というほうが楽しい。
…というようなことを考えるバックグラウンドとして、ワーキングプアやら格差社会の現実は、やはり知っておいたほうがいい。そもそも日本では、ピアノを家に置ける家に住むための収入ラインが低いわけではないですから。結局、ピアノだけでなく勉強もしっかりやって、ある程度の収入が得られるような仕事につくまたは夫を見つけるなりしないと、ピアノのある家に住めない。趣味としてピアノを続けるための生活ラインの確保が、実はかなり厳しい。
そういう前提で子どもたちにピアノを教えていくとすると、やっぱり勉強第一で、ピアノはとにかく短時間で楽しく上達できる方法が求められるということになってくるんでしょうか。それと、もっとCDを買ってコンサートにばんばん行って、アーティストの才能を楽しむ習慣をつくってあげるということになるのかな…。いずれにせよ、「難しい曲がばんばん弾けるほうが偉い」「音大やコンクールに縁がある子がすごい」というふうに無意識、自動的に考えるのは的外れな時代に突入していることだけは確かだと思います。
もちろん、普通の子たちがピアノのおけいこに割ける時間が減ってしまっている分も、才能のあるお子さんは、みんなの宝として大事にしてあげたいですね。というか、趣味でもいいから、短時間の練習でもいいから続けられるお子さんというのも、じつは宝なんですよね。
車に乗りながらラジオを聴いていると、曲名がテロップで流れるシステムがあるんだそうで、私の車はそうじゃないんですが、その機能がある車に乗っているスムースジャズ好きのお友達に教えてもらいました。Four80eastって聞いたときは、何の名前だ?? と思いましたが。
あっさりした4つ打ちのクラブ系ビートに、フルートとギターが飄々と流れ、エレピがさりげなく隙間を埋めていきます。これでもか、というさわやか路線ではなく、ちょっとけだるい、でも軽快。ダンス・クラブ系の要素とスムースジャズをとても素敵に組み合わせていて、日本のフュージョンでいえば最近のディメンションをぐっと軽めにした感じでしょうか。
彼らのオフィシャルを見てみると、結構デビューしてから時間もたっていて、何枚かアルバムも出ているんですね。カナダのユニットらしく、なかなかカリフォルニアでライブを見る機会はないみたいなんですが。すっかりファンになってしまって、このアルバムを毎日聴いています。過去のアルバムにもさかのぼってみるつもりです。
5月に発売されたのでもうだいぶ時間がたってしまいましたが、遅ればせながら入手して1ヶ月ほど前から聴き始め、どっぷりはまってます。
神保さんにはスーパーテクニックを誇るドラマーとしての一面と、とてもポップなメロディ・メイカーとしての一面があります。
従来の神保さんは、作品によってプロジェクトによって、どっちかの面が強く出てくることが多かったように思います。というのも、メロディアスな親しみやすい音楽と、超絶ドラムって、あまり従来の音楽スタイルだと相性がよくないというか、共存が難しかったのではないでしょうか。
と気づいたのは、数年前にジャズライフの取材でワンマンオーケストラの演奏を観にいったときでしょうか。
そしてこのアルバムにいたっては、両方の要素が完璧に融合して、刺激的でカラフル、それでいて鼻歌でメロディを歌いたくなるキャッチーな要素もある素晴らしいバランスが完成しています。
冒頭はいきなり人力ドラムンベースの超絶パターンから殴りこみか!? という勢いで始まり、しかしすぐに4ビートになっちゃったりして。めまぐるしく変化する曲想に振り回されていると、2曲目には海辺のドライブを思わせる超さわやかなアコギとアコピがメロディをとるおだやかなナンバー。
さっきから超絶、超絶という形容を使いまくってますけど、このアルバムはギターに超絶テクニックで有名なフランク・ギャンバレ大先生を起用しています。私、ギャンバレがこんなにさわやかで美しいアコギを弾くなんて不勉強で全然知らなくて、じ〜んと感激。でもさわやかだけじゃ終わらなくて、弾くときは猛然と高速フレーズをスリル満点に弾き倒してくれるんですね。ピアノのオトマロ・ルイーズもそう。神保さんの素晴らしいメロディを歌心満点にしみじみと弾いてくれていて、でも時には派手なソロでじゃんじゃん弾いてくれる。スムースすぎず、小難しすぎず、心地よくも刺激的。みずみずしい音楽なんです。
このメンバーでオークランドのYoshi'sあたりで公演してくれたら、お客さんたくさん入りそうなのになー。
いわゆる「ドラマーのソロアルバム」的なイメージや次元をはるかに超えた世界。私がこれまでに知っていた神保さんのイメージがガラガラと崩れ、このアルバムで完全に新しいイメージができてしまいました。
「フューチャリスト宣言」の梅田さんは自分の本について感想を書いたブログを検索して読むそうですが、私も一応時々やってます。そこでわれながら驚くのが、「21世紀へのチェルニー」について、いまも「最近買って読みました」と感想を書いてくださるブロガーが少なくないこと。
検索してたら、某巨大匿名掲示板のおけいこについて語り合う場で、チェルニーが「鶴」と略されつつ、やったほうがいいのかどうかについて激論がたたかわされ、そこで私の本も参考として登場しているんだからびっくりでした。
本を出しちゃってからはチェルニーと縁のない生活を送っておりますが、自分の娘にピアノを教えはじめてみて、娘にチェルニーをやらせるか? というのを最近考えます。うーんそうだな、初見の力がバッチリついて、苦しまずに弾ける段階になって、本人が嫌がらなければ、多少飛ばしながらやらせるかな? という考えになってます。バルトークとかピュイグロジェ教本もやらせようと思ってますが。
しかし昨今は、アップライトピアノを買わない生徒さんも増えているようですし、30番をやろうかどうか、たどり着くお子さんは今後減るいっぽうんじゃないかと。チェルニーの今後は、どっちかというと、自分で目的意識をもって練習する大人向けの手ごろなリハビリ教材として使われる方向に変化していくような気がしています。
手の形について、それから楽譜が読めない難民問題についても、本にまとめたいと思っているんですが、現在のところ英語の勉強を優先させているのでまだまだ先になりそうです。
まあ、本を書くのは帰国してからでもできますが、英会話は今が頑張りどきなので。おかげさまで、最近は買い物に世間話、病院通いぐらいは英語でこなせるようになってきたんですよ。もうちょっと込み入った話ができるようになり、テレビや映画も余裕でわかるところまで来ればね…。絶対にいずれまとめようと思いますが、時間はかかりそうです。新刊待ってくださる方がいらっしゃったら申し訳ないですが。
梅田さんと茂木さんが対談しているこの本、しばらく前に買っておいて、最近読み返しはじめたら、線を引きたいところだらけで真っ黒になりつつあります。
梅田さんも茂木さんも、いま超売れっ子の書き手なんだけど、この本をよくよく読んでみると、たとえば学会だの大学だのといった従来の学問的権威とは外れたところに自分がいるんだ、という良い意味での疎外感を強く感じていることがわかります。
私の大学院時代の友達の何人かは研究者になって教えているし、私自身も学会にまじめに通っていた時期もありつつも、「ここも面白いけどなんだか私の居場所じゃない」という気がしてライター業に来てしまったわけです。
「自分だけがあるインフォメーションを持っていることは自らの権威につながる。日本の学者はそれによって生きてきたわけです。ヨーロッパからいち早く知の先端を輸入する。それが自分たちの権威の源泉になる。それによって自分たちが獲得した人事権、学位授与権をもとに、そのサイクルを再生産しつづける。そのような世界を理想とするのか、それともすべての人に公平に開かれた世界を理想とするのか、という人間観の差は大きい」(同書42ページ)
しかしインターネット時代になり、ブログが登場して、あらゆる情報がどんどんオープンになり、既存の権威が相対的に弱体化しつつある。
私の場合、役立つ情報ならば、どんなものでも惜しまずオープンにしてみんなと共有したいというのが本能的な衝動としてあるわけで、おそらく書く原動力はそれなんだと思います。
こうやってブログを書いたり、なんでもかんでもオープンに書いてしまう自分の体質って、物書きとしては損なタイプなのかな〜と時々思いつつも、「いや、知っているのに出し惜しみするのは気持ち悪い」という気持ちが勝ってしまう。この葛藤を、梅田さんも茂木さんも同じように味わっているのか、という不思議な共感をこの本から感じました。
「筋が良いけどまだ小さい芽に対して、欠点をあげつらって近視眼的に叩くようなことを言えば、言っているとき少し利口に見えます。でもいずれ必ずしっぺ返しを喰う」(梅田さん)
「子どもだったら、何かをしたときに親にほめてもらえば、うれしいと感じて、そのふるまいをもっとやろうとする。ウェブも、そうした承認欲求につきうごかされていると思うんです」(茂木さん)
「アマゾンやeベイだったら、小売・流通のしくみが壊れるとか。ユーチューブだったらメディアが壊れるとか。壊して何かをやろう、あるいは壊して新しいものを想像しようということとインターネットの性質はイコールなんです」(梅田さん)
ブログを書いているピアニストやライターやピアノの先生って、このへんの感覚がすごく通じ合えるものがあるんです。逆にいえば、ブログを書いていないピアニスト、ライター、ピアノの先生にアプローチするときには、こういう感覚ってわかってもらえないかも…という前提でどこか切り替えている部分があります。
もちろん、既存のメディアである本や雑誌とおつきあいして仕事をもらってこれまでやってきたわけですが、そうした既存メディアをぶっこわす方向に向いたウェブ世界のオープンさからは絶対に抜けられない確信が、私の中にある。
とても書き表すのが難しい微妙な二律背反なんですが、フューチャリスト宣言を読んでいると、なぜかすーっとそれが整理されていきます。
音楽の分野でもまったく同じことがあります。あらゆるジャンルにいま音楽は細分化されていて、楽器だっていろんなものがやまほどあって、クラシックのピアノがうまくできなくてもだから何よ? といえる世の中になっている。パリ音楽院の相対的な地位を考えても、19世紀と21世紀の今では比べ物にならないぐらい世の中への影響力というか、権威が相対的にさがってしまっている。
これからは、無限に広い音楽の世界から、自分の行くべき音楽の道を探していく力が大事になっていくのでしょう。
フュージョンという音楽分野では、面白い音楽、素晴らしい音楽ならなんでも取り入れちゃおうというところがある、というか、そうした試行錯誤そのものがフュージョンの歴史でもあります。そうしたスピリットから成り立っている音楽だから、私はフュージョンが好きなのかもしれません。
…ただ面白い歌詞なだけじゃなくて、「ソシラシの動き」「3拍子の曲で2分音符を長く伸ばす」などの新しい課題が含まれているんですけどね。
しかし、夜になると「も〜う寝〜る」と私が歌い、娘が「時間よ」と続けて歌うことが最近多くて、ほんっとにこの「うたとピアノの絵本」って面白いよな〜とくすっと笑ってしまいます。
この前は、日本人幼稚園の運動会があったんですけど、ちゃんと「明日は僕の運動会だ」って曲も「ひだりて」にあるんですよ。「運動会までにこの曲を弾けるようにしなくっちゃね!!」と、根拠のあるようなないような理由をつけて、これも練習しました。
この前レッスンに来た4年生の女の子は、「ひだりて」の次の「りょうて」が終わったら進むアキピアノ教本をやっていまして、「クッキー焼いてみたよ…」という曲が出てきました。「クッキーって焼いたことある?」「うん、日本にいるとき友達の家で焼いたことある」とクッキー談義で盛り上がり、「お〜いし〜いシュークリーム…」の曲を小学1年生の男の子がやったときは、「サクラメントの日本食のお店のシュークリームってどうよ」と「やっぱり日本のシュークリームがいいよね」「でもサンフランシスコにあるビアードパパはおいしい」と、シュークリーム談義に。
「うたとピアノの絵本」は、作者の呉先生が、日々子どもたちの目線になって、子どもの目の高さそのままに作った教本なんだな、と、子どもを育てながら使っている今になってそのよさが痛感されています。…というか、私が子どもたちに同化してきたのかな〜最近…。
先日サクラメントに来てくれたサックス奏者のEuge Grooveについて日本語で検索しても全然プロフィールが出てこないので、英語であれこれ調べてみました。
幼少時からピアノを習い教会で賛美歌を歌い、小学5年生からサックスをはじめ、クラシックのレッスンを受けつつ学校のバンドでも演奏。マイアミ大でクラシックのサックスを専攻。デビッド・サンボーンに影響を受ける。在学中にフロリダのディズニーランドでビッグバンドに入って仕事をはじめる。マイアミ大学大学院へ進み、87年にLAへ。
リチャード・エリオットと出会ったのがきっかけでタワー・オブ・パワーにて1988年から1992年まで4年間演奏。その後90年代はずっとリチャード・マークスやヒューイルイス&ニュースをはじめとするビッグネームのバックバンドで長い間演奏していました。下積みが長いんですね。
2000年になってポール・ブラウンに助けてもらってソロ作を作り、スムース・ジャズ・シーンにソロアーティストとしてデビュー、アルバムは大ヒット。スムース・ジャズの人気スターとなって現在に至るといったところです。
この前のコンサートで、ほかの楽器の人と速弾き(吹き)? 競争みたいなシーンがあって、そこでEugeが吹き始めた高速フレーズが、なんだかクラシックのエチュードみたいだなぁと思ったんです。クラシック専攻だったと聞いて、やっぱりね(笑)。良い意味で、ものすごくしっかりした技術が土台にある人で、すごく安心して聴けるんですよね。
日本語で検索していたとき、「なるほど」と思ったのが、彼の音をメタリックでハスキーと述べている人が何人かいたこと。確かにその通りです。独特の質感にひかれます。
カリスマ美術教師太田恵美子先生の授業を密着取材。赤だと思い込んでいたりんごが赤に見えなくなったとき、子どもには根本的な変化が起こります。能力が序列化されお金に換算される資本主義社会において、誰もが誇り高く生きていくための基本的な考え方を教えてくれる授業がここに。
チェルニーを順番にやるのはもう古い!? ピアニスト、音楽教育家、各国のピアノ教師へ長期間にわたって取材。必要な練習曲だけをピックアップする方法でも、曲だけでも、大丈夫。その理由とは?
メルマガ「音楽センスを伸ばしたい!」の原稿をもとに大幅加筆修正。テーブルに花を絶やさない、絵を飾る、靴を揃える、夕焼けを眺める、70色パステルを使う、誰かに作ってもらったご飯を食べる…ミュージシャン100人に取材して学んだ、薄紙を重ねるようにセンスを磨く方法を、子育てしながら実践してみたら?
正しいピアノ奏法―美しい音と優れたテクニックをつくる 脳・骨格・筋肉の科学的研究による革新的メソッド
弾けないフレーズは、何十回も繰り返せば弾けるようになることもありますが、弾き方を変えなければ永久にマスターできない場合も多々あります。手の構造とピアノのテクニックの関連について知り、日常生活のなかでピアノに必要な筋力、瞬発力、緊張ーリラックスの切り替えの能力などを養うにはどうしたらいいのかわかりやすく述べられています。テクニックのことで悩んだらとりあえず目を通しておくのがおすすめ。
練習しないで上達するためには楽譜が読めなければなりません。ピアノだけでは足りないのです。ソルフェージュをやりましょう。名著です。楽譜がバリバリ読めるようになります。
「秘すれば花」といった能楽師、世阿弥の音楽論、舞台論。音楽における「花って何なんだろう」「稽古ってなんだろう」と考えさせてくれます。
家で練習してこない子はピアノを続ける資格がない? そうではありません! レッスンに来たときだけ弾いても進歩させる方法があります。
ピアノを習っている人は、なるべく早くこういう全集を買って毎日BGMのようにして繰り返し聴きましょう。何年かあとにはすごい差がついてます。

 

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