メートルとは?/ レイク
[ 785] メートル - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AB
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国際単位系の接頭辞と組み合わせて、メートルから派生する多くの単位が使用されている。よく使われているのは次のような単位である。 倍量単位については、定義上はメガメートル(Mm)、ギガメートル(Gm)などもありうるが、大きな長さについては天文単位、光年、パーセクなどの慣用の単位が使用されたり、指数表記されたりすることが多い。 メートルが初めて規定されたのは1791年、フランスにおいてだった。前年の3月に国民議会議員であるタレーラン=ペリゴールの提案によって、世界中に様々ある長さの単位を統一し、新しい単位を創設することが決議された。当初はイギリスとの協同で進める予定であったが、この事業はフランス革命の一環であり(各地での度量衡の単位が異なることは、打破すべき旧体制−アンシャン・レジーム−のひとつであった)、同様の革命が自国にも波及することを恐れたイギリスの参同が得られず単独で行うことになり、フランス科学アカデミーに委員会が設けられた。 自然科学に根拠を持ったものでなければ世界で共通に使ってもらえないということで、委員会では以下の3つの案が検討された。 これらはほぼ同じ長さであるが、その元となったのは、ヨーロッパ各地で使われていた、キュビットの2倍のダブルキュビットに由来する単位であった。 第3案は、地球の重力が場所によって異なることと、長さの定義に時間を使わなければならないということで却下された(ただし、現在のメートルの定義には秒が使われている)。第2案も、赤道上には海上区間や熱帯地域が多く測量が困難ということで採用されず、委員会は第1案を国民議会に答申した。それを受けて、1791年3月の国民議会で1案が正式に採用された。 1795年、ニコラ・ルイ・ド・ラカーユの測定値に基づいて暫定的に「メートル」の長さを定め、黄銅製の仮の原器を作成した。1792年より、北極から赤道までの長さを実際に測量することとなった。しかし、その長さを実際に測量するのは不可能に近いので、パリを通過する同一経線上にあるフランス北岸のダンケルクからスペイン南岸のバルセロナまでの長さを三角測量を繰り返して計測し、その長さと両都市の緯度差から北極から赤道までの長さを求めることとした。測量が行われたのがフランス革命の直後でまだ政情が不安定であったこと、スペインもフランスと対立していたこと、さらにほとんどが山岳地帯であったことから測量は困難を極めた。スパイと間違われて逮捕されたり、命を落したりした者もいた。測量には7年かかり、1798年に終了した。この測量結果を元にしてメートルの長さが正式に定められ、1799年に白金製の正式な「メートル原器」が作成された。この原器は、国立史料館に保管されたことから「アルシーブ(Archive)のメートル」と呼ばれる。質量も、このメートルを基準として、1立方デシメートルの水の質量が1キログラムと定められた。これに時間の単位秒を加えて新たな単位系メートル法が作られた。 1870年、全世界の単位をメートル法に統一するメートル条約を締結するための会議で、単位系の基準はメートル原器とすると定められたので、メートルと地球の経線の長さとの直接の関連はなくなった。1875年にメートル条約が締結された。日本は1886年(明治19年)にこの条約に加入した。メートル条約を受けて、各国で使用するためのメートル原器が30本作られた。このメートル原器は白金90%、イリジウム10%の合金で、発案者の名前から「トレスカの断面」と呼ばれるX字形の断面をしている。両端附近に楕円形のマークがあり、その中に3本の平行線が引かれていて、0℃のときの中央の目盛り同士の間隔が1メートルであると定められた。30本のうち、"No.6"の原器が「アルシーブのメートル」の長さに最も近かったため、これを「国際メートル原器」とした。1889年の第1回国際度量衡総会において他の原器がくじ引きで条約加盟各国に配布され、国際メートル原器との差が伝えられた。例えば日本に配布されたものは"No.22"で、国際メートル原器との差は0.78 μmである。 国際メートル原器という「物」を基準にした定義では、メートル原器の紛失、焼損などのおそれがある。さらに、国際メートル原器と比較しなければメートルを決めることができない。そのため、どこにいても1メートルの長さを現示することのできる普遍的な定義が求められるようになった。また、メートル原器によるメートルの長さにも問題があった。測量技術の進歩により、再度地球の経線の長さを計ってみると、本来なら10 000 000メートルとなるはずの北極から赤道までの長さが10 002 288メートルであることがわかった。また、基準となる目盛り線自体に幅があるため、その幅分だけ誤差が生じることになる。 普遍的でより精度の高いメートルの定義として光の波長を使用するという発想が、ジェームズ・クラーク・マクスウェルの1873年の著書『電磁気学』の中で初めて示されている。1892年、国際度量衡委員会は光の波長を用いた長さの基準の研究をアルバート・マイケルソンに依頼しており、彼は自身の考案した干渉計でカドミウムから出る赤色の光の波長を求めて、光の波長を元にしたメートルの定義が可能という研究結果を発表した。どの原子を使用すれば良いかの議論の末、1960年の第11回国際度量衡総会において、「クリプトン86原子の準位2p10と5d5の間の遷移に対応する光の真空中における波長の1 650 763.73倍に等しい長さ」という新しい定義が採択された。 その後、光速度の測定精度が高まったこと、長さの測定精度が時間の測定精度と比べて劣っていたことから、1983年の第17回国際度量衡総会において、光速度を基準とする現在の定義が採用された。 漢字では「米突」の字が宛てられており、ここから「米」一字だけでメートルの意味を表すようになった。日本では明治時代、中央気象台(現気象庁)が「米」を偏とする以下のような倍量・分量単位の漢字を作り、1891年から各気象台で気象観測の月報などに使用して、一般にも広まった(第二次大戦中に敵性語を使わないようにするために作られた、と書いている書物もあるが、これは誤りである)。一部は中国でも取り入れられている。 メートルはSIの基本単位であり、メートルから派生した単位は多数あるので、ここで全てを挙げることはせず、メートルのみを使用した単位を挙げる。 なお、レンズの屈折度の単位であるディオプトリも毎メートルの次元を持つが、これを波数の単位として使用することはできない。 |
[ 786] Amazon.co.jp: 小説・秒速5センチメートル (ダ・ヴィンチブックス): 新海誠: 本
[引用サイト] http://www.amazon.co.jp/%E5%B0%8F%E8%AA%AC%E3%83%BB%E7%A7%92%E9%80%9F5%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AB-%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9-%E6%96%B0%E6%B5%B7%E8%AA%A0/dp/4840120722
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気鋭の映像作家・新海誠が、最新作である連作短編アニメーションを自ら初の小説化!“どれほどの速さで生きれば、きみにまた会えるのか。”【第一話】東京の小学校に通う遠野貴樹(たかき)と篠原明里(あかり)。二人は常に一緒にいたが、先に明里が転校し、その後貴樹も転校することに。遠く離れ離れになってしまう前に再会を願うふたり。彼らのうえで永遠と瞬間が交錯し、ふりそそぐ。【第二話】種子島に暮らす高校三年生の澄田花苗(かなえ)の心を占めているのは、東京から転校して来た貴樹の存在。花苗にとって彼はいちばん身近で遠い憧れ。切なく揺れる思いを抱えながら、花苗にとっての夏が過ぎてゆく。【第三話】貴樹は大学進学のため上京し、いくつかの恋をし、またそれらを失った。卒業後、ソフトウェア開発企業に就職した貴樹は、仕事で出会った水野理沙(りさ)に惹かれていくが……。 あの人がいる場所にくると、胸の奥がすこし、苦しくなる…。恋心の不変と変遷、そして魂の彷徨-。ひとりの少年を軸に描かれる、心に沁み入る3つの連作短編集。 映画が大好きで、何度も繰り返し見させてもらっている者です。 そのぶん、小説化ということが嬉しい反面「大丈夫かな?」というのが本音でした。 申し分の無い出来です。 何というか、1000円ちょっとでこれだけ満足できる物を手に入れることが出来て、 本当に新海さんに感謝です。 私は普段、割と読書をするほうで「もしかして、日本語がビミョウだったりするかな…」 という不安もありましたが… 情景描写・心理描写、ともに素晴らしいものでした。 映像では表現できなかったところを、巧みに文字で描写されてます。 手紙の内容も明らかになるし、映画のほうで度々みる ビル群の上空を飛ぶ鳥… 「ああ!そういうことだったのか!!」という発見ばかりでした。 ページ数としても少ないほうだと思いますので、普段本を読まないという人も 是非、手にとって欲しいです! 関係ない話ですが、サントラを流しつつ読むと シーンを思い出しながら読めるのでオススメですよ(*'▽`*) 小説家:新海誠としても、今後沢山の本を書いて欲しいなぁ〜… 結末は変わりません。だけど、救われます。 香苗の最後の言葉と、あの手紙が読めただけでも救われました。 まずは本文ですが、大変秀逸です。読んだ方は、新海氏の新たな才能に驚かされる筈です。内容も、映像では語られなかった各人の心の内、特に主人公(貴樹)の人間性の変遷が生々しく描かれています。この生々しさは、映像ではこの作品特有の雰囲気で朧気にしか描かれていなかった分、作品自体が急に人間味を増させているように感じます。結末こそ変わりませんが、ラストは映画より希望が持てるものになっています。ただ、作中で主人公が自分自身を責め立てる描写がありますが、このシーンは少なからず読んだ人間の心に闇を落とすかもしれません。映像では胸が締め付けられるような切なさだったのに対して、小説版では描写が確かな分、切なさは刃物のように読んだ人間の心の急所を貫きます。そういった意味では本書は救いのようであり、読み手によっては更なる自己嫌悪に連れて行かれる内容かもしれません。安易な救いはありません。読むのに覚悟がいる、そんな素晴らしい一冊です。文句無しの星5つです。 学校を卒業するときに、その時の自分をいろんなものに記していきます。卒業アルバムだったり、自分の使っていた机に名前を彫ったり、その場所にいたことやその時間を過ごし... 小説など書かずに、設定資料集だけを出版すれば良かった。 この著者の文章はあまりにも稚拙で、まるで中学生の作文だ。... アニメを見て気に入り、この本を手にした。アニメとストーリーは同じで、結果も同じだけど、そこに行き着くまでの細かな設定や登場人物の心情は小説の方が細かい。ただ秒速... 自分は映像から観たので、この小説はその映像(映画)の補完的役割を果たしました。 が、おそらく小説から読んでも問題ないように思います。... 単純に一言で評価するならば「ムラのある小説」。 場面描写、心情描写、その密度、どれをとっても場面ごとに濃淡がありすぎるきらいがある。... 映画『秒速5センチメートル』では語られなかった部分、3話の遠野貴樹の大学時代から社会人までの話がなど色々あって楽しめた。... 私は映画も小説も見たのですが 現実世界の話なのになぜか現実ではない気がよりいっそう小説を読んで感じます。... DVDを見てこの作品が好きになり、小説にも興味が湧いたので購入しました。 内容は映像では描ききれなかった部分を文章で表現しきった本だと思います。... あとがきや他の方が書いている通り、映像と小説で相互補完して初めて「秒速・5センチメートル」として完結するものなんだと感じました。... ※ 「この商品について語る」では、「この商品について語る」ガイドライン等に基づき、評価の高低等にかかわらず、お客様の自由な投稿を掲載しています。商品のご購入の際はお客様自身でご判断下さい。 |
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