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マガジンとは?/ レイク

[ 242] 週刊少年マガジン - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B1%E5%88%8A%E5%B0%91%E5%B9%B4%E3%83%9E%E3%82%AC%E3%82%B8%E3%83%B3

週刊少年マガジン(しゅうかんしょうねんマガジン)は講談社から発行されている少年漫画雑誌である。1959年3月17日創刊。
他誌の場合は新年号になると背表紙や目次などのスタイルを一新するが、『週刊少年マガジン』の場合は数年間同じデザインを使い続けるのが特徴。目次も長年タイトルだけが並ぶシンプルなものであったが、2004年40号から作者コメントがついたバージョンに変更されている。
「『ジャンプ』が若年的な熱血感、『サンデー』が都会的な清潔感」を雑誌のカラーとするのに対し、『マガジン』は「泥臭さ・社会性」というイメージを持たれていることが多い。しかし、元々バリエーションの豊富さを編集方針としていることもあり、特に1990年代以降は読者の多様化に対応した様々な作品が登場している。
なお、これらの作風の違いは、会社・編集部・従業員などにも現れているとされ、集英社は熱気があり、小学館は清潔感に溢れ、講談社は雑然としている、といったイメージで語られることがある。逆説的に、こうした社風が作品に影響しているともいえよう。
W3事件の際、手塚治虫が『週刊少年マガジン』から原稿を引き上げたため、対立軸を明確にすべく1970年代に劇画路線をとったことで知られる。以降読者の高年齢化が進み、1980年代から1990年代中頃まではヤンキー漫画等が主流を占めたため「不良の読む雑誌」とされたこともあったが、いわゆる第2次黄金期(1997年〜2002年)以降はそのイメージは過去のものとなりつつある。近年の少年誌では珍しいノンフィクションのドキュメンタリー漫画が掲載される他、一時期は芸能人による連載企画も行われていた。
企画モノの発案や市場調査の実施に見られるように、編集部側主導で誌面を作る傾向が強く、作風が編集方針から外れないように漫画家へ依頼することも多いという。誌面が安定している反面、既存のヒット作の二番煎じが多く没個性だという声もある。
徹底的なアンケート至上主義である『週刊少年ジャンプ』と異なり、アンケートは誌面の編集方針の参考という扱いだといわれている。編集部が読者に特にアピールしたい作品の掲載順を意図的に上位にすることもあり、『ジャンプ』ほど厳密に掲載位置とアンケート結果が関係していないと考えられている[1]。単行本の売り上げや、入稿対策なども考慮されているので、常時下位掲載でも打ち切られないケース[2]も見られる。
2000年頃から大手系少年週刊誌では珍しく久保ミツロウ、大暮維人、久米田康治ら他社デビューの漫画家を登用し連載をしている。またCLAMPや福本伸行などといった同社他誌の主力漫画家を同誌で連載させるなど、しばしば読者を驚かせることがある。
作中の台詞表現において、句読点を原則として用いず、沈黙を表すリーダーも三点リーダー(…)ではなく二点リーダー(‥又は・・)を用いるという特色がある。ただし、『スクールランブル』と『新約「巨人の星」花形』の三点リーダーや『さよなら絶望先生』の木津千里の台詞にある句読点など、例外も存在する。
1959年に創刊。当初は木曜日発売で定価は40円だったが、同年5号で30円に値下げ。キャッチコピーは同年14号から翌1960年26号まで「ゆめと希望の少年マガジン」だった。しかし当時はまだヒット作には恵まれず、ライバルである『週刊少年サンデー』に水を空けられている状況が続いた。しかし1965年の『ハリスの旋風』を皮切りにマガジンの快進撃が始まり、『巨人の星』『あしたのジョー』の2大スポ根マンガで一気に少年雑誌としての地位を不動のものとし、1967年1月にはついに100万部を突破した。また大伴昌司の構成によるグラビア記事も人気に大きく貢献した。
『キッカイくん』の連載を機にエログロナンセンスが用いられるようになり、それにともない読者の対象年齢も上昇。さらに1970年には『アシュラ』『ワル』『メッタメタガキ道講座』など多くの問題作が登場。さらに横尾忠則を表紙のデザイナーに迎えるなど、創刊当時のイメージは完全に拭払された。この影響は大きく、神奈川県児童福祉審議会が1970年32号を有害図書に指定、同県下で18歳未満への販売を禁止するという事態が起こった。その後は1971年に『巨人の星』、1973年に『あしたのジョー』が終了したことなどからマガジンの勢いは徐々に下降。『あしたのジョー』などに変わる新たな主力作品としては『空手バカ一代』『おれは鉄兵』『釣りキチ三平』などがスタートし、篠山紀信によるアイドルのグラビア記事もこの時期から定着したが、部数は伸び悩み、1974年に週刊少年ジャンプに発行部数首位の座を奪われた。このため1975年1号より創刊以来親しまれた誌名ロゴを初めて大幅に変更するなどのリニューアルを行い巻き返しを図ったが、低迷からは思うように抜け出せなかった。
2度目の誌名ロゴ変更を行った1978年に同年2号で創刊1000号到達。この頃のマガジンはジャンプだけでなく、一時はサンデーやチャンピオンの後塵をも拝する状態となっていたが、『翔んだカップル』のヒットによってラブコメ漫画が定着。『あした天気になあれ』『1・2の三四郎』『コータローまかりとおる!』などの主力作品の登場により勢いを徐々に取り戻し、部数を回復させた。1982年よりイメージキャラクターのモグラが誌面に登場。さらに創刊25周年の年である1984年に誌名ロゴを現在のバージョンに変更。1980年代後半には少年誌の部数でサンデーを再び抜き、2位となったが、首位のジャンプの背中は遠く、差は開く一方だった。
1980年代末から1990年代初頭にかけては主に、マガジン史上最も連載期間の長い(続編が連載途中でマガジンSPECIALに移動した『コータローまかりとおる!』は除く)『はじめの一歩』や『シュート!』などのスポーツ漫画や、『湘南純愛組!』『カメレオン』『疾風伝説 特攻の拓』などのヤンキー漫画の分野でヒット作が続出し、それらの作品に支えられしっかりと部数を伸ばした。しかし1990年代初頭に週刊少年ジャンプが発行部数600万部を突破したことなどもあってか、この頃のマガジンの健闘ぶりは当時は過小評価されがちで、スポーツものや不良ものに比重を重く置いたこの頃の誌面の内容には、「絞れば汗が出る」と揶揄する声も一部にはあった。
主力作品の休載・終了が目立ち、2002年には再びジャンプに首位の座を奪われてしまう。そしてこの年の5月20日には副編集長が大麻所持で逮捕されるという衝撃的な事件がおきた。弱り目に祟り目となったマガジンはこの1年で部数が急落。ちなみに捕まった元副編集長は、その後ちゃっかり逮捕事件について自伝を出版している。
2003年にはCLAMPを少年誌のマガジン本誌に引き抜くというサプライズを見せる。またこの年に『魔法先生ネギま!』の連載が開始され、同作のメディアミックスが盛んに行われた。『ラブひな』ヒットの影響からか、『スクールランブル』を始めとしたラブコメ・萌え・恋愛漫画などが多く誌面に見られるようになった。これらと従来の連載陣に加えて、サンデーから移籍した久米田康治が『さよなら絶望先生』の連載を開始したり、巻末漫画として『もう、しませんから。』が定着するなど、ギャグ漫画の分野でも個性的なヒット作が登場した。
原点回帰を狙ったのか、スポーツ漫画の新連載が大量に始まる。『巨人の星』のリメイク漫画、『新約「巨人の星」花形』の新連載が決定されたときは、テレビや新聞などの各種マスコミにも取り上げられた。ここ数年勢いがあった萌え系・ファンタジー系は最近はやや落ち着いてきている。その反面、スポーツ系が大半を占めるという誌面の偏りや、個性的な作品の少なさから部数の急落を止めるには至らず、2007年には発行部数が200万部を下回った。
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60年代後半にはダジャレやナンセンスギャグをメインとした「パンパカ学園」が人気だったが、70年代に入ると「へんな学校」や「星一徹のモーレツ人生相談」があった。その後「マイマガジン」や「マイマガ7」へと変遷し、少年誌の読者コーナーでは最もレベルの高い投稿センスを誇っていたが(編集長まで三段腹などが毎週ネタにされていた)、やがて「ジャンプ放送局」にその座を抜かれ、「ピモピモ広場」を最後に現在は廃止されている。なおピモピモ広場でマスコットキャラとして活躍していた、鉄腕アトムみたいな髪型に眼鏡をかけたキャラには「こく坊」という名がちゃんと存在し、「マイマガ7」から出演し続けていた(ただしイラストレーターは交代している)知られざる長寿キャラであった。
^ 『探偵学園Q』はドラマ化以前にアニメ化されており、同執筆陣の『金田一少年の事件簿』と逆のコースをたどっている。

 

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