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[ 292] ねじを巻け、そして服を脱げ。 - livedoor Blog(ブログ)
[引用サイト]  http://blog.livedoor.jp/lan_evo129/

人によって日記(この場合ブログないしはサイトの意)にかける時間はまちまちで、一時間で書く人もいれば、五〜六時間かけてじっくりコトコト煮込んだ牛スジみたいな日記を書く人もいることでしょう。中には十時間くらいかけて更新するという現代によみがえりし猛者みたいな人もいるかもしれん。そんな時代劇に出てくる隠居した師範代みたいな人もいるかもしれん。僕の場合、最近は三時間くらいで日記を書いています。
という、あの諸葛亮孔明がブログを始めたときに語った言葉。これはつまり毎日更新することに捕らわれてどうでもいい日記を書くよりは、更新頻度を落としてでもひとつの日記のクオリティを上げた方がいい、毎日更新はクオリティが下がる、そういうことを意味しているわけですが、これは間違いではないものの正解でもない、そう僕は思います。まぁ確かに時間がないときに片手間に書いた日記ほど後々読み返してみて思わず懺悔したくなるものはありません、僕の日記なんて半分以上そんなのばかりですからね。「とりあえず乳の話しときゃいいんだろ」みたいな思惑が見え隠れしてますからね。読者をなめてるとしか思えない、ペロペロ。
ですが、時間をかければいい日記、俗にいう面白い日記がかけるのかと言えば、疑問が残るところ。結局時間をかけてどうこうできるのは日記の場合は量、情報量であって、決して質ではないのですから。それはもっと書き手の本質的な部分に起因してくる要素なのではないでしょうか。面白い日記を書ける人は毎日更新でも結果を残してくるし、書けない人は一ヶ月経っても書けない、そういうことです。
たぶんこれはセックスと同じことで、うまい人は短時間で女性を絶頂に誘うことができるし、僕みたいに童貞に毛の生えたような絶賛禁欲中の男は例え一時間なめ続けたとしてもそこまでは辿りつけない、そういうことだと思います。知ってるか?一時間もなめてると舌の奥が筋肉痛になるんだぜ?僕レベルのクンニャーになるとセックスのあとは流動食とか必要になってきますからね。ウィダーインゼリーが手放せませんからね、色んな意味で。
ですから日記を書くときはあまりそういったことを気にせず気負わず、好きなときに好きなことを書くのがいいと思いますよ、ブログ管理人の皆様。少なくとも僕はそうしています。そうじゃないともうこのブログが僕に残された最後のオナ○ーですからね。これ以上僕から奪わないで!僕にはもう何も残っちゃいないよ!そんなことよりオナニ○したい!おっぱい見たい!小手先で転がしたい!絶賛勃起中!
(※注、オナニ○と書くと直接的で小中学生には刺激が強すぎるし、何より「お(御)」をつけて呼ぶのも何か変な感じなので、これ以降は「ナニー」と呼ぶことにします。ちなみに、オ○ニーが何故「お(御)」をつけて美化語で呼ばれるようになったかは、民明書房刊「崇高なるオナニー」を参照のこと)まだまだねじを巻く

 

[ 293] ITmediaニュース:ひろゆき氏が語る「電車男」「のまネコ」そして今、注目のネタ (1/3)
[引用サイト]  http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0512/16/news033.html

2ちゃんねるから発信された情報は、良きにつけ悪しきにつけ頻繁にニュースとなり、マスコミをにぎわした。本質的にカオスであるとされるインターネットを、象徴するような存在。そんなサイトの管理人である西村博之(ひろゆき)氏に、今年起こった出来事を振り返ってもらった。
──2005年を振り返るにあたり、やはり避けては通れないのが「電車男」のブームでしょう。2ちゃんねる発のこの純愛物語は、書籍化され、映画化され(6月10日の記事参照)、ついにはテレビドラマ化され、いずれも商業的に一定のヒットを収めました。
ひろゆき 映画は、なんとかなるだろうと思っていたんですよね。小説を、2時間の映画にしただけだから。しかしテレビは、12話に無理やり広げて、それでいて視聴者にそれなりに受け入れられるものにした。テレビ局は、すごいなと思いましたね。
──「僕が書いた話ではない」というコメントが出たので聞きますが、電車男はヤラセではないのか、という話題もありました。
例えばある大手新聞社は「電車男の書き込みをしたのは、ひろゆき氏本人ではないのか」という可能性を調査して記事化しました。ひろゆき氏が黒幕である可能性をにおわせつつ、真相は不明だと“余韻を残して”締めた記事です。記事ではひろゆきさん本人のコメントも掲載されていましたが……。
その新聞の記事も、多分、そういう筋書きで記事を書きたいんだということは分かっていたから、取材を受ける気はなかったんですが。たまたま時間があったので「新宿でスシをおごってくれるなら」という条件で取材を受けたんですけどね。
──(その口ぶりでは)ひろゆきさんは、電車男ではない、と。ただこの疑惑は一部で根強い人気があるようで。取材先で、電車男の話になったときに「あれって、実はひろゆきさんに近い筋の人間がシナリオを書いていたんですってね?」と、声をひそめて言われたこともあります。
ひろゆき その「近い筋の人間」って、誰なのか知りたいですけど(笑)。そう思ってもらえる方が、面白いかな? 期待をしてくれる人がいたほうが。
──ある時は“これが電車男とエルメスだ”と銘打って、とあるカップルの写真がネット上に出回りました。男性のほうは真面目そうで、なるほどこれが電車男かもしれないと思わせる写真でしたが。
ひろゆき あれは(写真を撮られた人たちが)かわいそうだなと。電車男さんは実際に会ったことがありますが、割と素朴な人です。エルメスさんは会ったことがないんですが、写真の男性は電車男とは全然別なので。
あの時「これは電車男とエルメスの写真じゃない」とコメントしたとしても、それ自体がニュースになって、余計写真が広まってしまうかもしれない。だから、普通に放置していたんですけどね。(あの写真の2人は)街を歩いていて、指差されたりしてるんじゃないですか、きっと。
──いずれにせよ、2ちゃんねるが“裏のメディア”だとすれば、電車男をきっかけに2ちゃんねるのコンテンツがテレビや映画といった“表のメディア”に露出してくる機会も増えました。その延長線上に、例の「のまネコ騒動」(9月9日の記事参照)があったように思うのです。

 

[ 294] ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘
[引用サイト]  http://sunact.jugem.cc/

橋下大阪府知事が就任し、1ヶ月程度が経過しようとしている。出馬前の騒動はさておき、就任後の功績は何だろうか。唯一の実績、それが「大阪府民との財政危機感の共有」だ。
大阪の財政再建にとって最も重要なことは、財政の危うさを府民が自分のこととしてどこまで強く意識できるかだ。自分自身が借金まみれで自己破産の瀬戸際に追い込まれれば、誰だって真剣になるだろう。生活そのものを見直し、人生をやり直すためにどうしたらいいか、必死に考えるだろう。だが自分の住んでいる自治体の財政が破綻寸前だと聞かされても、ピンとこない。知識として財政の危うさを認識することと、リアルな危機として強く意識することとはまったく違う。
橋下知事は就任からわずか1カ月で、財政再建にとって最も重要な「危機感」の醸成に成功している。地元のテレビや新聞への出演を通じて橋下知事がアナウンスした「財政危機」コールは、大阪府民の意識を大きく変えてしまった。日ごろからニュース報道に携わっているアナウンサーでも、「こんなに大阪の財政が危ないなんて知りませんでした」と言うほど。事実、大阪は「阪神」でも「吉本」でもなく「財政危機」が大ブームになっている。
まだ1円の財政支出カットもできていないが、府民自身がまず危機を持つという最も重要なプロセスが既に出来上がってしまった事実は、すごい。
府民の危機感なしに、知事は戦えない。府庁の人員合理化、予算のカット、増税、財政再建は「痛み」を甘受することである。どこまで府民に我慢してもらえるか……そこに尽きる。
もちろん縮小均衡だけでは大阪府は死んでしまう。もう一方で、大阪経済を拡大し、府民を鼓舞する前向きな施策も同時に行っていかなければならない。しかし、何をさておいても、重要なこと、それは「危機感」の共有だ。1カ月でそれを成し遂げたということは、「メディアの寵児」であることの強みを、新知事は最大限に生かすことに成功したということだろう。最良の出発だ。
このように、京都人の私にとっては、どこまで浸透しているか定かではないが、大阪府民の相当程度の人々が財政に対する「危機感」を抱いたと私は推測する。そのきっかけづくりを意識的なのかそれともこれしか争点が無かったのか、いずれにせよ就任後、新しい知事は叫び続け、成功した。この点については私も上記引用記事に同感だ。
ただ、問題は次の重要なステップ。いわゆる大阪府の財政再建の具体策の話だ。ちなみにこれから披露する私の提言は極論であるが。
昨晩は久しぶりに早い帰宅となった。通常は22時過ぎに夕食となるのだが、21時半前には夕食を終えた。昨日は急速な円高が進んだため、夕食後、自室にてノートパソコンでニュース番組の音声を聞きながら、読書などをしていた。
基本的に私はTVのニュースを見ない。見ることができる時間に帰宅できないという理由もあるが、夜のニュース番組の一部に何かワイドショー的な雰囲気を感じ、あまり価値を見出せないことが私が夜の番組を見ない最大の理由だ。
さて、22時から始まった某ニュース番組。冒頭で円高・原油高・材料高、そして政治の空白、これらが相関し「国民の負担に直結」しているといった報道がなされていた。報道内容そのものは間違った情報ではないだろう。トップニュースとして果たしてふさわしいものかについては僅かばかり疑問符が残るが。
いずれにせよ、昨晩の急速な円高についての情報を得るため、私は、ニュース番組の音声を聞くだけでなく、画面そのものをノートパソコンで見た。私が必要としていた円高に関する今後についての情報は極めて少なかったが、ニュースキャスターが少々、力みながら画面を直視し「政治家は国民の感覚を理解しているんでしょうかね?」といったコメントや、「我々、国民は動向を注視すべきです」と半ば確信めいた口調で言われていたことのみが大きく印象として残った。
久しぶりに見たニュース番組だったが、過去に見た違和感が昨晩、また蘇ってきた。「国民」という言葉に対する違和感だ。
金額がいくらか私は知らないが、ニュースキャスター各位はそれなりの高額の報酬を得ているはずだ。局専属であったとしても、メディア関連の給与は高いと聞いている。ましてやフリーであれば、我々の想像をはるかに超えた金額を報酬として獲得されているだろう。
今年は、例年と違い、京都も雪が降る日が毎週、続いています。会社から駐車場まで約100m。片手には大型の鞄、もう片手にはノートパソコンを入れた手提げ鞄で100m程度を移動するだけで、帰り道の夜は、かなり手が冷たくなります。手袋をすれば良いのですが、100mの移動に手袋をわざわざ着けるのも面倒です。
さて、突如として話題は変わりますが、私の知り合いに整体師の先生がいます。たまにマッサージをしてもらうのですが、過去にこんな会話を。
この私の回答を聞いた整体師の先生は、おもむろに足つぼマッサージを開始。開始直後に、激痛が。ちなみに足つぼマッサージは初めての経験でした。
消化器系が悪いと言われても、あまり思い当たる点がない私。しかし足のある「ツボ」を押さえられて激痛が走ったことは事実で反論の余地は皆無。その後、整体師の先生から、まず血液の循環を良くしましょうと、ある簡単な方法を伝授いただきました。
2000年から2006年までの過去3回の国際学力調査(PISA)で日本は順位が下がり続けている。いわゆる「学力低下」というものだ。この結果をふまえ、行政では学習指導要領を再検討している。しかし従来同様、学識経験者と呼ばれる専門家の意見と役人のペーパーが主導権を握る机上の論理が展開されている。
企業経営に例えれば、「学力低下」は「売上低下」だ。通常、現場の営業マンが、なぜ売上が低下しているかを消費者にヒアリングし、その結果に基づき、顧客ニーズに合致した商品を様々に模索し、上司や役員が最終決定し新たな商品を生み出し売上回復を目指す。現場、消費者の声を実際に聞かない限り、本当に売れる商品が生まれるはずはない。
この視点で考えれば、教育現場における最終消費者は「子供」であり、間接的な消費者が「親」となる。そして違和感があるかもしれないが教育という商品を売る営業マンが「教師」となる。
しかし、教育については、いつもの如く机上の空論のままだ。日々、変化していく「子供や親の意識・ニーズ=消費者の意識・ニーズ」、そして、実際に消費者と日々、対峙し、商品を売っている「営業マンの苦労=先生方の本音」などは、子供や親、そして教師に対して実際にヒアリングしない限り、「良い商品=良き教育」など生まれるはずがない。いくら学識経験者で元教師の知恵を借りたとしても、かつ子供と触れ合う機会が皆無に等しい役人に想像の世界だけで売れる商品を生み出すことは不可能に近い。
もちろん、子供にどうやってヒアリングするのか、果たして明確に答えられるのかといった疑問を抱かれる方もおられるだろう。しかし、一般の企業、特に子供向けの商品を販売している企業は、子供と直接、触れ合い、模索しながら、懸命に売れる商品をつくっている。これは企業努力ではない。企業として当たり前の行為だ。「教育」という大切なものすらこれらの行為を行政が怠っている現状。企業経営の観点からは理解しがたい行為と言わざるを得ない。
過去から「知識偏重の詰め込み教育」は批判の一つとなっていた。それに呼応するため「ゆとり教育」、いわゆる「総合的な学習の時間」が2000年から段階的に始められた。
百科事典で例えてみよう。2000年以前の百科事典は100頁。第一章から第六章まであり、小学生達は6年間を要して百科事典に書かれた知識を得る。これが学習指導要領であり教科書と考えればいい。そして百科事典に書かれた内容をいかに子供たちに「理解させやすく教えるか」に教師の力量が問われていた。
そこに突如として「ゆとり教育」が始まった。百科事典100頁の中で80頁が従来通り、しかし残りの20頁は何も書かれていない「白紙」だ。その白紙に教師と子供たちは何かを書き込まなければならない時間が唐突に出現した。そして何を書き込むかについては学校に委ねられた。学校ごとに地域の文化や特性などに違いがあるという理由からだ。
教師生活数十年のベテラン教師だったとしても白紙の百科事典に何を子供たちに書かせれば良いのか初めての経験に大きな戸惑いがあっただろう。そして、今まで白紙の百科事典を見たことがない子供たちにはさらなる困惑があっただろう。ここに「ゆとり教育混乱」の大きな要因がある。
「いかに百科事典の内容をわかりやすく教えるか」というスタイルから「百科事典20頁分そのものをつくる」という大転換であり、教育現場が混乱することは開始当初からわかっていたはずだった。
しかし、教育現場の混乱や悲鳴ではなく、PISAという社会的背景も教育システムもそれぞれ違う他国同士の調査結果を根拠に「学力低下」をやっと認識し、「ゆとり教育」の見直しが始まった。企業で例えるならば、現場の営業マンや消費者の声を無視し、コンサル会社から提出されたレポートを見て、あわてて社外取締役を招聘し、対策を練るようなものだ。
我が長男は、ここ数年間の小学校の運動会の活躍を見る限り、走ることが特に苦手ではないが得意ともいえない。しかし彼は小学校対抗の長距離走大会など、様々な「走る競技」に小学校代表の一人として選ばれ、いつも全力で走っている。
私は、長男よりも短距離も長距離もタイムの早い小学生が存在するはずだと思い、長距離走大会を観覧していた同級生のお母さんに素朴な疑問を投げかけた。そして残念な答えが返ってきた。
先週金曜日にデスク周辺に溜まった書類を私なりの方法で整理した。基本的に正月休みのいずれかの日、お盆休みのいずれかの日に出社し、私は溜まった書類の整理を行う。正月・お盆休みのため、電話もアポも無く、静かな環境でひたすら書類整理に没頭できる。いずれにせよ、大掛かりな書類整理は年に二回のみだ。
数週間前、他のスタッフの部屋の大改造が行われた。その際、私が関係する書類が私の部屋に大量に送られてきた。かなりの量だったため、いつやるかを考えていたが、先週金曜日17時頃から開始し、22時に終了した。
先に述べたように大掛かりな書類整理、厳密には正月とお盆の間の約半年間溜まった書類の中で「必要」・「不必要」のいずれかで判断し、「不必要」とみなした書類を捨てることが私にとっての大掛かりな書類整理となる。
ただ、数週間に一回程度、机周りの書類を整理する。今回のエントリではその方法と共に私なりのたった3つのポイントでデスク周りがきれいに維持できる書類整理方法をご紹介しよう。
私の自宅は四つ角にあり、周辺の道路は2台の車がやっと交差できる程の小さな道に囲まれている。自宅近くの駐車場から車で会社まで約10分。しかし、数日前の降雪で会社到着まで1時間以上を要した。
降雪した朝、自宅前の道には国道方面に向かって数十台の車が並んでいた。逆方向に車が通ろうにも通れないほどぎっしりと車が列をなしていた。その道を抜ければ国道になるのだが、京都方面行きが極めて渋滞しており、信号が青になっても3、4台がやっと抜けられるような状態だった。そんな渋滞の道を車内で待ちながら、今、自宅近くに急病の方がおられても救急車は通ることはできないだろうな、どうするのだろうかと考えていた。
さて、今、「ガソリンの暫定税率」・「道路特定財源」・「一般財源」など道路に関する問題について、行政や国会関係者の間で盛んに議論されている。
ある首長は「道路は生活のために絶対に必要」、ある議員は「道路に関する費用対効果が不透明、役所の言いなりだ」と言う。どこまでも平行線で噛合うことのない議論に見えて仕方が無い。
ただ、私が報道などで知る限り、誰一人として率直に、そして明確に「道路が必要なのではない、道路工事が欲しいのだ」と言った方はいない。誰か言われた方がおられるかもしれないが、国民の大半は、「本当は道路でなく、道路工事・公共事業が地元に必要だから、ここまで議論がなされているんだろう」と考えているはずだ。そして直接的、間接的な利害関係者がさらに首長や議員の背中を押す構図が見え隠れする。
我々の仕事は造園業だ。公共事業が年々、減少傾向にある。我々も少なからず影響を受けていることは確かで、近い将来、新たな道路が建設されれば、道路の植栽工事を我々が受注できるかもしれない。しかし、会社の事業に関係なく、今後10年間に約59兆円もの道路を建設することが果たして必要なのか疑問視せざるを得ない。
そして、道路特定財源の使途や費用対効果の不透明さが、暫定税率の引き下げあるいは10年間延長いずれかの議論をさらにややこしくしている。
明確なソースがあれば良いのだが、恐らくバイアス・恣意的なソースしかないと考えられるので、以下は私の想像だ。
脚本家の山田太一氏が雑誌のインタビューで「頑張れば夢はかなう」・「頑張れば何でもできると思うのは幻想だ」と発言したことが大きな反響を呼んでいるそうだ。インタビュー記事すべてを読んだわけではないが、今までの自分の人生の経験をふまえると「頑張るだけで夢はかなう」とは私も思わない。
私は、大学卒業後、紆余曲折の人生を歩んできた。普通の人では滅多にない「倒産」も経験してきた。そしてホテルマンになるという子供の頃からの夢は破れ、今、緑化関連の小さなベンチャー企業の社長をしている。しかし、学生時代には想像さえしなかった「緑化関連企業の社長」という今の立場を獲得するために「頑張った」とはまったく思っていない。社長になることで成功したとも、もちろん思っていない。
ただ、今まで家族と共に年齢を重ね、そして7年近く今の立場でいられる最大の理由は、多くの人々の支え、自らの失敗の積み重ねとそこから得た教訓、そして「運命」を素直に正面から受け止めたからだと私は考えている。よって、私は「一人で頑張るだけで、夢はかなうはずがない」と思うのだ。
「頑張れば夢はかなう」とは良く聞く言葉だが、脚本家で作家の山田太一さんが雑誌のインタビューで「(これは)傲慢だと思っている」「頑張れば何でもできると思うのは幻想だ」などと発言したことが大反響を呼んでいる。
「僕は一握りの成功者が『頑張れば夢はかなう』と言うのは傲慢だと思っています。多くの人が前向きに生きるには、可能性のよき断念こそ必要ではないでしょうか」
雑誌やその他メディアでのインタビューなどには「頑張った結果、夢がかなった」という企業経営者の記事が散見される。もちろん書き方次第でいくらでも内容は変わるとしてもだ。よって、「頑張れば何でも実現できる」と確信している、あるいは実現した人がいるという存在は否定できない。
ただ、「頑張って夢をかなえた人は一部にしか過ぎない」ということが事実であることも否定できない。日々、頑張っている人の絶対数と、夢をかなえた成功者の絶対数では、前者が圧倒的に多いはずだ。しかし、現実は、日本中のあちこちに成功者が存在しているわけではない。それこそ昨今の格差問題など事象として生じるはずもない。だからこそ「頑張れば夢はかなう」と単純に言うことは現実とも乖離している。
そして、山田氏が指摘する「傲慢」・「幻想」という側面は、「頑張るだけで何でもできる」と断言するなという指摘、そして、そう思い込むことの危険性を示唆していると共に、「頑張ること」の限界を暗示しているのではないかと私は考えると共に、この点についても意を異にしない。
言葉というものは難しいものだ。私は生粋の京都人だが、多くの方がイメージされている「おいでやす(いらっしゃいませ)」といった言葉は使わない。また、大学卒業まで京都で住み、その後、米国に留学し英語を話し、中国語を学んだ。そして帰国後、横浜・東京、そして青森とそれなりの言語圏で生活した。
ちなみに青森の津軽弁は英語よりも難しいことだけは断言できる。そして、東京出張の際は、あえて電車内でも社員と関西弁で会話する。若干の車内の視線を感じるがそれを心地好く感じるのは関西人だけだろう。そして最も心地好く感じるのが大阪人だ。
さて、大阪に出張に行く方、遊びに行く方、それぞれ多数、おられるだろう。そんな皆様のご参考になればと京都人による大阪弁講座を書こうと考えているが、他府県の言葉同様、大阪弁も極めて奥が深く、使用にはくれぐれもご注意いただきたい。
特に大阪人だけでなく関西人はいわゆる標準語へのアレルギーが強く、中途半端に大阪弁を話すと、「お前、なに、ぼけとんねん(あなたは、私に喧嘩を売っているのですか)」とすぐさま突っ込まれること間違いないため、是非とも慎重になっていただきたい。
このエントリを書こうと考えた背景は、昨晩、「カミングアウトバラエティ 秘密のケンミンSHOW」というTV番組のコーナーの一つに「大阪弁」について紹介する場面があったことだ。この番組は日本の各都道府県の他府県民にとっては意外なネタを紹介する番組。
大阪府民にとって「どつく」とは、手をグーにして殴ること。「どつく」と「しばく」では、「どつく」のほうがやや怒っているときに使うらしい。ただし、様々なニュアンスで使っているので、使いこなすには現地に行って肌で学ぶしかない…。
番組では「しばく」・「どつく」・「いてまう」という3種類の怒り言葉を紹介していたが、番組の一部に過ぎず、京都人である私には物足りない内容であり、全国の皆様にも説明が不十分だったと考える。
そこで、このエントリでは、生粋の京都人である私が全国の皆様に対し、大阪弁での怒り言葉について少し深くご説明しよう。先にも書いたが大阪弁について、使用上の注意を良くお読みになり、正しくお使いいただきたい。
(私は米国に留学していたため、その経験をもとに以下に示すが、間違っている場合、受験英語と違う場合は、それぞれご容赦を。)
これが、高級ホテルなどで頼む場合、私は以下のような表現を使っていた。基本的にはコーヒーを頼むという目的に違いは無いが丁寧さ、謙遜さがニュアンスとして隠されている。
直訳ではないが、「もしよろしければコーヒーを頂戴したいなと考えているのですが」といった感じになる。ちなみにこれを大阪弁では「ほんまにすんまへんけど、コーヒー一杯、もらえまへんやろか、すんまへん」といった具合になる(はずだ)。
では、英語の表現についてもっと書きたいことが多々あるがきりがないため、早速、本題の「大阪弁の怒り言葉講座」をご紹介しよう。
じゃんけんの勝者が敗者の上腕部付近を力一杯殴る「肩パン」遊びと称して中学生を殴りけがを負わせたとして、警視庁少年事件課は傷害などの疑いで、16歳と17歳の無職少年2人と、都立高校1年の少年(16)=いずれも東京都江戸川区=の計3人を逮捕した。
調べでは、少年らは昨年11月15日午後6時10分ごろ、江戸川区小松川のショッピングセンターで、顔見知りの中学生2人に対し、上腕部をなぐるなどの暴行を重ね、1人に全治2週間のけがを負わせた疑い。
「肩パン」は傷跡が外部から見えにくく、いじめにも利用されている。調べに少年らは「痛い目にあわせるのが目的で、まったくのいじめ」と供述している。
肩パン(かたぱん)は相手の肩にパンチを繰り出し面白がるという行為。肩パンチの略称。スキンシップ行為や罰ゲームなどの遊びの一種であるものの、過度の行為はいじめの一つとして問題視されている。
「肩パン」はじゃんけんで勝った方が負けた相手の肩を思い切り殴るという一種の子供たちにとっては遊びのようなもの。顔ではなく外から見えない肩付近を殴るため、傷跡が見えず、殴り続けることでいじめにもつながり、引用した記事のように逮捕につながったのだろう。
殴られる相手は当然、痛みを感じる。しかし、殴る方も痛みを感じるだろう。いくら遊びで慣れていると考えても、殴る方には必ず痛みが残るはず。殴られる方と同じ程度の痛みを感じるかもしれない。
しかし、「いじめているという意識」あるいは「遊んでいるという意識」が「痛み」を忘れさせてしまうのかもしれない。あるいは「痛み」を凌駕した「心の中の楽しさ」といった何かが殴る側の意識に生じるのかもしれない。
そして、その「痛み」を凌駕した何かが、過度の行為となり、理性を失わせるのではと私は考える。換言すれば、理性を失った行為には「心」と「身体」の痛みが伴うということだ。
もちろん、暴力のプロといったいわゆる感情を持たない人間には、「心」にも「自らの身体」にも痛みは皆無だろう。「暴力の機械」のような存在だが、絶対数は限られているはずだ。
現在、農薬の一つである「メタミドホス」がギョーザに検出され、またその他の農薬も検出され、その混入過程の解明が急がれている。
冷凍ギョーザ全般の売り上げが落ち込む一方、ギョーザ器具の大手、下村工業(新潟県三条市)には、全国のスーパーや専門店などから注文が殺到。手作りギョーザの食材コーナーで一緒に陳列するスーパーも多く、フル稼働でも注文をさばき切れない状況という。このため、1日当たり倍増の3万個へ増産を検討している。
大手スーパーのイトーヨーカ堂は、問題発覚後の1週間、国内産のキャベツやニラ、ひき肉、ギョーザの皮などの各売上額が前年実績比2−3割増で推移。国産食材への回帰と「自宅で作れば安心」という消費者心理が浮き彫りとなった形だ。
ギョーザ器具の企業には失礼な表現だが、何とも単純な図式と言えるかもしれない。「冷凍ギョーザは今はどれもこれも不安」=「手作りが安心」=「ギョーザを簡単に作ることができる器具を売ろう、買おう」という流れが一つ。「中国産の野菜でギョーザの具をつくるのは不安」=「でもギョーザが食べたい」=「日本産の野菜を使おう」=「日本産の野菜価格が高騰」というもう一つの流れ。さらに、中国産の野菜の価格が下落しているという報道も見た。
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